120アカバナー(5) とうめいなおめん

藤井貞和

中也くんが登園すると、
いつもよりこわい顔して、せんせいが
立っている。 あれれ、
どうしてだろう。 中也はね、
とうめいになるおめんを、
わすれて帰ってきた、きのうのこと。
ようちえんでは、そのあと、
たいへんだったんだって。
中也の置いて帰ったおめんが、
泣いてたよ。 ひとばんじゅう、
つくえのした、ひきだしの
なかで。 でもね、
とうめいだから、見えないのさ、
だれにも。 中也にだけは、
見えたんだって。 

ぼくらも泣きたい、
とうめいなおめんがあれば、さ。

(ほんとうはね、中也のおかあさんがたのみに行ったんだって。「すこしうちの子をひどくしてくだされ」、と。それで、幼稚園の先生がこわい顔したりする日ありけり、とか「泣くな心」〈中原中也未刊詩篇〉に書いてある。世阿弥のころに、硝子とか、プラスティックとか、透明な素材があったらば、作ってみるとどうでしょう。「とうめいなおめん」を。みんな悲しいね、表情を隠して。その隠した表情が透き通って。)