炎(4)

スラチャイ・ジャンティマトン

荘司和子訳

年老いた母の姿が浮かぶ。母には昔どおりの快活さをもっていてほしいと願う。子どもたちを叱り慣れた口調でどやしている母の声が聞きたい。かつての母のイメージは今現在のわたしにとって愛すべき姿だ。そして現時点でのピンパーのイメージはといえば考えても謎である。どうしてまたわたしたちはこんな風に出会うことになったのか。自分の恋人とこんなかたちで出会うことなんてあるだろうか。わたしの姉はこんなめに遭ったことはあるのだろうか。女性ならこんな経験をしたことのある人は多いだろう。。。そして男性には「獲得する」権利がある。

バスはスピードを上げて走り続けている。ピンパーは肘でわたしの脇をそっとつついて言った。
「なに考えているのよ」
「いや、なにも」
そしてわたしはまた黙りこくる。
「タバコ1本ちょーだい。ある?」
「あるよ」と言いながらわたしはタバコを1本抜き出してわたした。ピンパーはそれをくわえるとわたしの方に先端を向けたのでライターで火をつけてやった。彼女は煙を吸い込むと気持ちよさそうに鼻からそれを吐き出す。煙は強い風のせいでまたたくまに飛散していった。

彼女の身体がわたしの脇に柔らかく接触している。夜半の風がざわめいてわたしたちの身体に当たってくる。ひんやりとした冷気がこころの中まで浸透してくるようだ。それとは反対に熱い情欲がわきあがってくるのもどうしようもなかった。彼女はわたしが知っている商売女の香りとは違ういい香りをただよわせている。ピンパーを女性として眺めると同時に彼女の肉体への愛欲の感情が突如沸いてきた。こんなことはかつて考えて見たことがない。感情の一瞬の嵐のようだ。ピンパーは微笑んでいる。その瞳には激しく光る炎があった。彼女は小声で尋ねた。
「何も訊かないのね。あなたはどこへ行くつもり?」
「家に帰る。それで君は?」とわたし。
「わたしもどこへ行くのかわかってないのよ。。。」
ピンパーはつぶやくように言いながら風で乱れた美しい長い髪を手で梳いた。
「なんで家に帰って休まないのさ」わたしが訊く。
からかうようにわたしに身体をぴったり寄せてくるとピンパーは軽く笑いながら言った、
「ばかみたいなことは言わないものよ」
「ばかじゃないさ。ほんとうのところあそこに君を放っておけばよかったんだ。君もそのほうが望むところだったんじゃないか」
「冗談じゃない! 何言ってるんだかわかんない。あの狂犬たち、思い出しただけでも鳥肌が立つわ。いじめてなぶりものにするだけよ。人の言うことなんか聞きやしない。あなたが通りがかったなんてラッキーだったわ。そうじゃなかったら。。。」と言って力尽きたようにため息をついた。
「正直なはなしだけど、ピンパー」とわたしは真剣に彼女に話し始める。
「ぼくは金がなくて君をどこかへ連れて行っておごってやることもできない。そんなことできる状態じゃないのさ。女性をさそうんだったらお金があって楽しさや幸せを買ってあげられなくちゃね。でも今日のぼくにはタバコがあと何本か残っているだけなのさ。どうすればいいのさ。どうすることもできないよ」
わたしはタバコを抜き出して吸った。そして彼女にはなしてしまったことで気が楽になった気がした。

(続く)