しもた屋之噺(151)

杉山洋一

一年で一番ミラノが落ち着いた季節を過ごしていますが、時間はとても慌しく、まるで整理もつかないまま過ぎてゆきます。天候は本当に不安定で、土砂降りの空の奥に青空が顔をのぞかせています。

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 7月某日 日本に向かう機中にて
以前の日記帳を使い切ったので、ドゥオーモ裏のペッティナローリで手漉きのハードカヴァーの日記帳を購うが、勿体なくてなかなか使えない。

集団的自衛権について、それぞれ思う処があるのはわかるが、与党がどうとか首相がどうという以前に、この投票率の低さはどうにもならないのか。多数決で決められた内容に従うことに異存はないが、これだけ大多数の国民が選挙に興味を持たないのは、現在までの我々自身の責任に他ならない。何かが根本的に欠けていたのではないか。

機中、昨日出版社から受け取ったばかりのぺトラッシの「パッサカリア」を読み始めている。2管編成にサックスとトロンボーンが一本ずつ、それにピアノが入る。
1931年のオーケストラの音がする。ドナトーニが最初に影響を受けた作家でもあるので、ぺトラッシには興味を魅かれていたが、実際に楽譜を勉強するのは初めてで、面白くて仕方がない。どことなく全てがリベットやボルトで組立てられたように角ばり、色味は極力抑えられている。ダルラピッコラに通じる渋く深い響きがイタリアらしい。

 7月某日 三軒茶屋自宅
中目黒の沢井さんのお宅まで、三軒茶屋から自転車を走らせば10分ほどで着いた。つい先日、沢井さんに中国の古代琴、五絃琴のために「手弱女」という小品を贈ったばかりだったが、沢井さんが既に糸譜に直してあるのに驚く。
紀元前433年頃に葬られたと思しき、湖北省の曾候乙の墓から見つかった五絃琴は、ほろろんと幽けく、染み入るような五つの音をたてる。当時どれだけ静寂の純度が高かったか知れないが、我々よりずっと聴力も高かったろう。空気を伝う振動を、彼らはどんな豊かに知覚していたのか。沢井さんは、この楽器を爪弾けば心が澄んでくるという。

「畝傍山」で悠治さんが高田さんを念頭に書かれた五絃琴だが、自分としては沢井さんが琴として爪弾く姿しか知らないので、撥で弾く抱えられる楽器ではなく、爪で弾かれるものと思えば、生まれる音も自ずから変化する。

夜、鼓童の辻さん夫妻と表参道でお会いする。沢井さん、すみれさん、辻さんとお会いしていて、否が応にも眞木さんの面影を思い出さないわけにいかない。寧ろ、どうも眞木さんに一部始終を見られているようで、正直きまりがわるい。子供の時分、言われるままに通った演奏会や、理解せぬまま培った時間が、40代も半ばにさしかかり、漸くシナプスが手を繋ぐようになったのかも知れない。

 7月某日 三軒茶屋自宅
日記を書いていると、傍らで息子が書き終わったらこの日記帳を頂戴ねという。大人になったら読みたいのだそうだ。日記というより備忘録だが。甚だ申し訳ないと思いつつ、息子の小学校の夏祭りアイスキャンデー売りを義母にお願いし、「夢のたたかい」を聴きにゆく。モンポウは殆ど知らないので、何を聴いても新鮮にひびく。悠治さんが奏すると、楽器がよく鳴る。そして、時にとてもするどく、早い速度で音が空間を走り抜けたりする。また、和音などが思いもかけぬ温かい手触りで浮上る。

 7月某日 東横線車中にて
一ヶ月以上も前からの約束で、息子と三浦半島大津に釣りに出掛ける。横浜で父親とも合流。釣りは父に任せて仕事の譜読みをする心積りでいると、よく釣れるものだから息子の仕掛けから魚を外すので精一杯になる。結局、生臭い手で楽譜を読むのも厭になり、一緒に釣り糸を垂れた。嗚呼。海タナゴ9尾、鯖13尾、鯵3尾、鰯58尾、カサゴ1尾。9歳の息子からすれば大漁。

 7月某日 三軒茶屋自宅
「現代の音楽」収録。話しは特に苦手なので内心困りながら出掛けたが、猿谷さんに助けて頂いた。番組のプログラムを考えるだけでもどれだけの作品を聴かなければならないのだろうと、頭が下がる思い。日本で最も多くの現代作品を聴いておられるはずの作曲家、猿谷さんと垣ケ原さんとで、西口玄関一本先の辻の魚屋兼定食屋で、刺身定食をたべながら実体のない音楽をつづけている、我々の現実について話す。無駄が一切なく、本当に美味。三軒茶屋の茶沢通りには、秀逸な肉屋兼とんかつ屋がある。

代々木八幡で内倉さんとお会いし、暫し話し込む。我が国の子供の高い貧困率と、音楽で可能な社会貢献、地域貢献について。演奏会でお金を集めて子供たちに届けるのか、子供たちに音楽を実践してもらい将来に繋げたいのか、資金がなければ音楽が学べない日本の状況に風穴を空けたいのか。来週に迫ったイタリア国営放送響収録の譜読みは、全く滞ったままだが、さてどうするのか。

 7月某日 ミラノ自宅
日本から戻り数日経つが、寝ているのか起きているのか自分でもよく分らない状態のまま、ひたすら楽譜に向かう。急がば回れと自らを諌めつつ、どう振りたいかという先入観を極力排除する努力と勇気を信じたい。そして音が見えてくるのを黙って待つ。

 7月某日 トリノ ポー川通りの喫茶店にて(ミントのシロップを甞めつつ)
今朝からイタリア国営放送放送響と、近現代曲3曲の録音を始める。ホテルを出る前に楽譜を読み返していて、散々直したはずのペトラッシの譜面に未だ誤りを見つけた。最後まで諦めないで楽譜を読む意味は確かにあって、欠損したパズルが浮上って見えてきたりする。曲が理解できない焦りを堪えて、必ずや答えが見つかると信じる必要もあるだろう。ペトラッシの「パッサカリア」は、参考にできる資料は皆無だったとディレクターのファブリツィアもぼやいていた。
スコアには無数の誤植があり、パート譜も直されていないので、昼休みは近所からサンドウィッチを二個買ってきてもらい、ずっとペトラッシのパート譜を直す。ライブラリアンに任せるにしても、時間が足りない。
この50ページ程の楽譜で最後まで苦労したのは、テンポ設定だった。メトロノーム記号は一切書かれておらず目安がつかない。唯一参考にできる資料は演奏時間8分という、当てに出来るかどうかも怪しい記述のみ。
これを8分で弾ききるには、かなり早く演奏しなければならず、まず荘重なパッサカリアの先入観は捨てることにし、Sostenutoと書かれた部分は、単に基本拍を倍に取る意味と理解することに決めた。それならば、より遅く感じられなくとも、指示に矛盾は来たさないはずだと、ホテルを出て雨に降られてRAIのホールまで歩く道すがら、漸く気持ちの整理がついた。ウェーベルンの「パッサカリア」のように主題は二拍子で、調性が何となくホ短調で書かれているのは、調号からもわかる。

国営放送響ホール裏側はとても入組んでいて、控室へ戻るのに3度も路頭に迷い、自分の方向感覚の素晴らしさに呆れる。時間と歴史を感じさせるすばらしい空間。響きすぎない音響。使い古された控室の安楽椅子は半ば底が抜けたようになっていて、年季の入った木製の書斎机には、慎ましく五線紙が畳んでおいてある。

 7月某日 トリノホテルにて
今日はオーボエのカルロの誕生日なので、今朝はまず盛大なお祝い演奏から始まった。5分ほどハッピーバースデーによるジャムセッションが続き、2クールほど転調したから最初の調に戻れなくなって、周りから散々茶々を入れられ完結した。

イタリア国営放送響は94年にナポリ、ローマ、ミラノ、トリノの国営放送響が一つに纏められて出来たことは知っていたが、各人が現在でもこれだけ地方色が豊かなことに驚かされた。「混成」なんて言葉が頭をもたげるけれど、生まれる音は見事に紡がれブレンドされていて、イタリア文化の面白さを思う。休憩中自動販売機の前で立ち話をしていると、このペトラッシは良いねと皆が口々に言う。一番編成も小さくて単純に見えるが、一番むつかしい。モーツァルトみたいだ、とファゴットのアンドレアが笑った。

 7月某日 ミラノ自宅
トリノから帰るやいなや、ローマで司会をしているオレステから連絡があり、今晩RAI3のラジオでインタヴューしたいという。伸びきっていた庭の芝生を刈り、「天の火」を日本キューバ国交樹立400年記念演奏会で演奏すべく、ギターと和太鼓のパートを書き足したものをつくる。

 7月某日 ミラノ自宅
沢井さんより短いメッセージ。「ソウルに行ってきました。ヘグムの名人とカヤグム名人と超超はっし!」。こう書くと凄みがあるなと感心しているところへ、「カシオペア」の楽譜が到着。そのまま行き付けの印刷屋に走り、両面印刷をお願いする。彼らも明後日から夏季休暇なので間一髪。

旅客機が撃墜され、平穏な住宅地では血で血を洗う戦闘が続き、平和なはずの日本ですら衝撃的な事件は止むことをしらない。
そもそも「正しい」事象など存在するのか。各人が「正しい」と信じて行動しているとして、「正しさ」にそれほど様々なスタンダードが存在してよいものなのか。矛盾ではないのか。分り合うためには何が必要と言っても、「分り合う」とは何を意味するのか。
一線を越え、特定の状況下に於いて、精神状態や冷静な判断を保てなくなったとき、何をもって「正しい」と呼べるのか。

この齢になっても、8月6日9日に原爆を落とした判断は「正しい」とは思えないが、それに応えるべく若い命を無駄にするのが「正しい」とも思えない。とは言え、彼らの死を間違いといい捨てることも出来ない。彼ら一人ひとりが信じたことについて、自分が否定する権利などどこにもない。

敵味方とか右派左派という古い範疇から抜けて、各々が自らの頭で、それぞれの事象に対して判断が必要とされるのではないか。情報の発信で満足し、共有に甘んじるのではなく、その先に自分が何を思うか、一人ひとり顧みなければ、我々は気がつけばただ与えられる情報を吸い込むだけの海綿体のような存在になってしまいそうで怖い。

世界中どこでも、規格にはまるもののみに便宜が図られるようになり、緩い集合体で皆同じ規格を目指す。相互理解の発展に努め、万国共通の規格枠から外れれば、不可視の空間に捨て置かれたまま存在すら気がついてもらえない。可視化された分り易い規格品のみ、分り易い規格にあう情報のみが選ばれて我々にもとに届く分り易い仕組み。
全てを知ればよいとは言わない。フィルターをかけていたとしても、それは或いは善意であるかも知れない。ただ、自分がしっかりと生きている事実を見据える必要に、今まで以上に駆られる。自分がそれでも音楽を必要とするのなら、そこに何かを見出す鍵があるのかもしれない。

(7月29日 ミラノにて)