オトメンと指を差されて(19)

大久保ゆう

水牛をお読みの皆様、あけましておめでとうございます。旧年中はどうもありがとうございました。本年もよろしくお願い致します。

さて、年始のご挨拶が住んだところで、今年も今年とて相も変わらずオトメンなわけですが、お正月とオトメンのつながりを考えてみると、たとえばお節料理やお雑煮など食べ物が第一に頭へ浮かんでくるわけなのですが、そもそも私がお節料理を苦手としていてなおかつひとり暮らしをしていると自分のためにお節料理を作ったりしないということもあり、またお雑煮もインスタントの御味噌汁やお吸い物+お餅(電子レンジ調理)というふうに簡便にすませてしまうため、あまり語れることがございません。

しかし。

お正月と言えばお年玉よりも年賀状よりも餅つきよりも羽子板よりも凧揚げよりもあれがあるじゃありませんかあれですよあれあれあれ。初詣の御神酒も格別ですがそれよりも何よりも。

――福袋!

昨今の福袋商戦の激化・進化により男性向け福袋もずいぶん増えてきておりまして、メンズファッションの福袋なんていうものもあるわけですが、個人的にはやっぱり行きつけのおしゃれな雑貨屋さんなどに出向いて、そこの福袋などを買ったりした方が幸せになれるんですよね。

福袋を買うのって難しいですけど、やっぱり私はこの「行きつけのお店で買う」派です。あまりよく知らないお店やデパートなどに行って、福袋という言葉に浮かれてついつい不必要なものを買ってしまうよりも、自分の気に入っているものを扱っているところで買ったものなら、何が入っているにせよ嬉しいということで。(今では中身が見えているものも多いですから、いらないとわかってて買う、という事態がありえるわけですが。)

でもでも最近はデパ地下ならスイーツ福袋とかあるんですよねそうするとやっぱり出向いてしまってそのついでに他の福袋にも手を出したりなんかしちゃqあwせdrftgyふじこlp;@

すいません、取り乱しました。

いやそんな話ではなくて、本当は年賀状のことでも書きたいんですけどね。もっと若い頃はお手製のかわいい年賀状などをちまちまぺけぺけと作ったりして、オトメンらしさを発揮していたわけですが、近ごろは年賀状に注力できる時間的余裕がなくて、もう長い間ずっと色んな方々に不義理・失礼をばしております。

でもできるだけ自分で絵は描かないようにしていました。私が真面目に絵を描くと、ありがたいことに「下手」とは言われないのですが、「ものすごく恐い」「何があったの?」「ダイジョウブ?」などと聞かれてしまうので、なるべくやらないようにと……。(どうやら普段の言動やら振る舞いやら何やらと、かなり齟齬があるらしく。その点に関しては、小説などのオリジナルを創ったときと同様の反応なのですが。)

よく言われるんです、「書くと真面目、訳すと繊細、創ると変態」って。

な、ななな、なんなんだそれはっ! と思ったところで事実なのでどうしようもありません。翻訳だけを見られている分にはどうということもないのですが、イメージを壊されたくない人はできるだけオリジナルのものは見ないでくださいね、と喚起を努めるしかございません。(そのためにペンネームが違うというわけでもありますし。)

あけましておめでたいときなのに、人様に私のグロい絵を見せるわけにはいかない、というわけで描きはしないのですが、もしかすると私にそもそも年賀状自体を書かせない方が全人類的には幸せなのかもしれません。たいていの場合、その年賀状には新年のご挨拶とともに、私のしたためた意味不明で不可解なオリジナルの文字列(好意的に取るならばポエム)が書かれていたのですから。

年賀状を書かない(描かない)――大人になった私としては、たいへん賢明な判断です。

当時私の年賀状をいただいていた人は、いったい何を想っていたのだろう、とときどき不安になることがあります。ご友人の方々におかれましては「う〜ん、ユウちゃんなら仕方ないや」と思われていたのではないかと愚考しますが、なかにはきっと私の本性をご存じない方もおられたはずなので、いったいどうだったのだろうな、と。

ちなみに私はぬいぐるみが好きなのですが、買うのはたいてい「かわいい」と言っていいのか「キモチワルイ」と言っていいのか困ってしまうようなぬいぐるみばかりです。

つまりはオカルト少年とオトメンのハイブリッドだったというわけですね。ここはオトメンの連載なので詳しくはお話しできませんが、それはもうそれはもう、オカルト方面へのはまりっぷりはひどかったものです。

というわけで、今の私のお正月はせいぜい福袋を買うくらいなので、全人類は平和なのでした。