反システム音楽論断片5

高橋悠治

ざわめく空間
聞こえる音を声として聞きなし
そこに音をもって加わる
それは名を持たない 顔を持たない
消えながら現れる地下流
とだえることのない ざわめきの流れのあちこちで
ちがう声の間のずれがひっかかり きわだたせる瞬間
そのきらめきが 織りなす音色の空間に 奥行きを暗示する

世界は世界化するとともに 破片の堆積に変わる
それらの破片に刻まれた記憶にしがみつくこともできず
流れに背を向けて流されていく歴史の天使 ベンヤミン
暗いトンネルを掘り進むペンと その先から滴るインクの描く物語に
ついていく カフカ
この世界の片隅で音を紡いでいても 
世界全体の変化に影響されないではいられない

ふりかえると
歴史が 一つの流れに支配されたように見えたとき
その対流も 姿を見せていた 
というのも よくあること

相反する二つのバランスで 現状維持するよりは
システムがふくれあがって すべてを覆い尽くしたとき
底の砂を巻き込んで引く波に足元をさらわれるような
あるいは 内側が空洞化して崩壊するような対抗する力が
システム自体から生み出されるかのようだ

色とりどりの破片を組み合わせるアラベスク
浜辺で貝殻をひろうように 
一つの音 短いフレーズ 和音 音型を集めて
1ページの紙の上に配置する
それらを駒のようにうごかしながら 
関係をつけていく
プリペアド・ピアノ ケージ

連動するリズムの織物が 自由にうごけるように
余白を残しながら 
周期からはずれた位置から入って 
語りかける 単純な線が 通り抜ける
リズムが急に断ち切られ 
支えをなくした線は しばらく漂ってから
落ちていく マイルス・デイヴィス

メロディーが低音のゆっくりした歩みの上に 安定して乗っていて
その中間にハーモニーが詰まっている
西欧近代の音楽の階級組織をこわして
ハーモニーから外れた低音が身体に直接はたらきかけ
リズムが不規則にからみあい
音が 音階や音符や和音といった構造を指し示す記号ではなく 
すでに演奏された音のサンプルの引用としてあつかわれる
1970年代以来のリミックスやダブ
感情を麻痺させる歌ではなく
図式にはまらない複雑な韻をもって社会批判するラップ
身体をうごかして 制度的な束縛に抵抗するダンス

ここにあるのは 音楽の現在の ひとつの現れ
美学や技術に還元されるのではなく
問いかけである生きた身体と
日常生活から離れないで
しかも実験でありつづける
音楽は 音を操作する技というよりは
音のために空間を設定する行為