夢の中で私はモノレールに乗っていた。家電新製品発売のパンフレットにのせる説明図を描く仕事を、私は請け負っているようだった。モノレールを降りた駅で、家電メーカーの担当者とデザイナーと私の3人で、会社内の会議室で打ち合わせをすることになっているようだった。
その会社へ行くのには、どの駅で降りればいいのか憶えてないことに気づいた。私のことだから間違ったまま遠くまで乗っていきそうな気がする。慌てて次の駅で降りた。iphoneの中にメールが入っていたかもしれない。メール欄をさかのぼると、関係ないメールばかりが積み重なっていて途方もない気持ちにうずもれた。ホームの柱を避けながらおぼつかない気持ちで乗り換え口のほうへ行くと、駅から街に出てしまっていた。
iphoneのメール欄を繰っても繰っても探しているメールは見当たらなかった。もういいか、行かなくても。いつもこき使われるだけで、もらえるお金は少ないんだから。
街を歩きだすと、戦前の馬小屋が保存されている広場に行き当たった。すごく長くて、何頭でも繋いでおける馬小屋だった。木の柱と屋根しかなくて風通しがよく、新しい藁が敷き詰められていた。藁を眺めながら馬小屋を通り抜けると、まだこんな場所があるんだなあという街の一画が見えてきた。四つ角のたばこ屋さんの前には朱赤の円柱の郵便ポストがあり、子どもたちが自転車の車輪に棒を当てて転がしながら道を横切っていった。箪笥や花嫁布団を積んだリヤカーが紅白の幕を巻いて走っていた。道はまだ舗装されていない土のままだった。
蕎麦屋、うどん屋、履き物屋、貸本屋、陶磁器屋、金物屋、いろいろな店ののれんが道の両側にひらひら、どこまでも続いていた。商店街のゆるやかな坂道のをうつむいてのぼって行ったその先は、雑草の生い茂った野原だ。草の中に黄色い丸い小花や、ランタナのこんもり丸い草むら。赤い野菊の群生に顔を近づけると、私と同じように顔を近づけている二人と目があった。丸首の白い服を着ていて、白髪のほうの婦人が「わたくし、この赤い菊の匂いが大好きなんですのよ」とうっとり目を閉じた。耳たぶに真珠のピアスをしていた。私はその横顔に気づいて胸が高鳴った。この人は有名な植物学の博士で、たしか仕事場は小石川植物園なのだ……
「でも、一番好きな植物は」と白髪の婦人が言いかけたとき、私にはなぜかその答えがわかった。
「いちょうですよね」と二重唱のように声をかぶせてしまった。
それから3人で小石川植物園へ向かって、雨の滴がきらきら光る野原の道を歩き、植物園の中にある温室の前に着いたとき、私は舞い上がるような気持ちで「先生、私、小石川植物園で働きたいと思っていました。前からずっとです。どうか私を雇ってくださいませんか」とつい無理な相談を持ちかけてしまった。白い服の二人はしばらく話し合ってから「いろいろあって難しいのよ」と私の頼みは却下された。
雨の音で目が覚めた。目を開けた瞬間、雨粒が目薬みたいにぽとんと目の中に落ちた。気がつくと私はひんやり湿ったアスファルトの道路の端っこに仰向けで横たわっていた。えのころ草のとがった葉っぱたちが私の左腕にかぶさってさわさわと撫でた。なんで私はこんなところで寝てるんだろう、草って冷たいなあ。そうと思ったあとにもう一回目が覚めて、いつもの布団の中にいた。