ボクシング(2)

笠井瑞丈

ジムに通い始め
ジムでも少しづつ話す友達が出来てきた

成瀬くん 

高校時代からアマチュアでやっていて
サウスポーのハードパンチャー
そして見るからに元不良少年
ジムで数々の練習生の顔面を骨折させ
鼻をへし折っていたヤツだ

彼とは最初
彼がサンドバックを
轟音で叩いているのを
横で眺めていたら
てめー何見てんだよと
言われたのがきっかけで
ジムで話すようになった
そして一緒に遊ぶようにもなった
彼のパンチはとにかく凄かった
元世界チャンピオンの会長も
彼のパンチ力は認めていた
彼は運送屋で働いており
ジムの近くで一人暮らしをしていた
よく彼の部屋でジムの他の友達と
たむろをし酒を飲んで過ごした
彼はいつも練習が終わり
ジムの一つ目の曲がり角を曲がると
ポケットからおもむろにタバコを取り出し
会長にバレたら殺されるなと言いながら
タバコをプカプカと吸い出す
ボクシングというスポーツにおいて
タバコを吸うというのはもっとも
御法度の行為である
練習前いつも彼は
僕にタバコの匂い
大丈夫かと聞いてくる
そんな事もあり
彼はいつも練習の時は
ガムを噛みながら練習をしていた
そして彼はプロボクサーを
目指す練習生でもあった

彼はロードワークも一切しない 
ただ彼には天性のパンチ力があった
そしてとても優しさを持った男だった
俺はスタミナはないけど
いつでも相手を一発で
倒せるから大丈夫だと言う
彼は酔っ払うと
ジムの中で俺が一番強いと
ふざけながら言っていた
そして僕も彼が一番強いと思っていた
ジムの多くの練習生は彼に期待し
彼のプロデビュー戦の日を楽しみにしていた

それから時が経ち

彼は難なくプロテストも受かり
デビュー戦が決まった

僕は彼を応援に
ジムの友達とみんなで
後楽園ホールに行った

彼がどれだけ早く相手を
倒せるかだけを期待していた

『カーン』

ゴングが鳴る
1ラウンドTKO

彼は負けた

僕は彼が負ける姿なんて
全く想像していなかった
彼は僕の憧れでもあった
世界が逆転してしまった

彼がセコンドの人に
頭を垂らしながら
コーナーに抱えられて戻る

僕は自分のことのように悔しかった

彼を見たのが
これが最後だった

(次号に続く)