山田太一の本棚

若松恵子

歯医者の待合室にあった雑誌『BRTUS(ブルータス)』の最新号は「あの人の本棚と本に出会う」という特集だった。

最初に紹介されていたのが、思いがけずに山田太一の本棚だった。自宅の地下にある、彼曰く「人生で1回だけ贅沢をした」ハンドル式で移動できる11列22面のステンレス製本棚。本はジャンル別に日本文学、外国文学、哲学、随筆、ノンフィクション、歴史と整理されていて、まるで図書館のようだ。

2023年11月に山田氏が亡くなった後、家族は蔵書を古書店に頼んで処分することを考えたという。しかし次女の佐江子さんが、処分の直前になって翻意した。「書庫に積まれた本を見たら悲しくなったんです。やっぱり父がいちばん愛したものだし、最後まで別れられなかった本たちなんです。その記録を残さないと手放すことはできないなって」と。また、彼女は山田氏の思い出をこうも語っている。「父は近所を散歩するのが日課でした。朝は早起きして犬と一緒に。その後午前9時から執筆を始め、一段落すると、隣駅まで散歩。ニコニコしながら坂を上がって帰ってくる姿を見ると、今日も買ってきたなって(笑)。出かけると必ず本を買って帰るんです。本が唯一の贅沢でしたから」。

きちんとジャンル別に本を整理して大切に取っておいた山田太一。どんな本を友人として手元に置いたのか、その記録を残しておきたいと思った次女。2人に対して、心から共感するな、と思った。

2025年は以前にもまして本を買った年だった。それは、みつけたら買って手元に置いておかなければ無くなっていってしまうと切実に感じたからかもしれない。『美しいひと 佐多稲子の昭和』佐久間文子著(2024年/芸術新聞社)を読んで、佐多稲子の著作を読みたいと探しても、以前あんなに見かけた新潮文庫の彼女の本が見つからない。『氷室冴子とその時代』嵯峨景子著(2023年/河出書房新社)を読んで、氷室の作品を探しても、あんなにあったコバルト文庫の彼女の作品が見つからないのだ。若い頃、街でよく見かけたのに。大量生産されたものだから、売れなくなってしまえば、ためらいもなく廃棄処分されてしまうのかもしれない。夏目漱石も森鷗外も文庫で探すのが難しくなってしまう時代がすぐそこまで迫っているように感じる。

みごとに生きた人の姿が本という形になって残っている。佐多稲子の評伝の隣に、佐多の著作を並べておきたい。氷室冴子がどんなにすばらしい作家だったのかを語る嵯峨の労作の隣に氷室の著作を並べておきたい。自分の本棚を持つという事はそういう事で、図書館で借りれば済むという問題ではない。自分だけのライブラリーは、自分が出会ってきた、自分を形成してきたものの軌跡だ。並べ替えたり、足したり、引いたり、積んでおいたりしながら自分を励ましているのだとも言える。今年、本についてそんなことを感じていたからこそ、山田太一の本棚により心を動かされたのかもしれない。

ブルータスに、横浜の放送ライブラリーで開催中の「山田太一・上映展示会~名もなき魂たちを見つめて~」(2025年12月12日~2026年2月11日)のお知らせが載っていたので、年末の気持ち良い快晴の日にでかけた。1960年代から2016年の最終作まで、山田が脚本を書いたテレビドラマの全作品が年表になっている。1977年「岸辺のアルバム」、1979年「沿線地図」、1980年「獅子の時代」、1981年「想い出づくり」、1983年「早春スケッチブック」「ふぞろいの林檎たち」。私が大人になっていく時代に伴走してくれたドラマたち。幼心に残っていたNHKの朝ドラ「藍より青く」も山田太一の脚本だったと知る。

この企画には、本棚を残そうと思った次女の長谷川佐江子さんと、テレビマンユニオンのプロデューサー会津直枝さんのユニット「山田太一のバトンを繋ぐ会」も協力している。書斎の写真、愛用品の展示のコーナーに、雑誌からの依頼を受けて山田太一が選んだ本のリストの直筆原稿があった。彼にとって、ある時代の回答だったかもしれないが、おすそ分けに記しておく。このリストを持って、また新しい旅が始まる。

【山田太一氏セレクト 青年期20】
1. 福田恆存「作家論」
2. 大岡昇平「不慮記」
3. 三島由紀夫「仮面の告白」
4. アンドレ・ジイド「日記」
5. ジャン・コクトー「阿片」
6. トーマス・マン「魔の山」
7. ノーマン・メイラー「裸者と死者」
8. ヘンリー・ミラー「南回帰線」
9. ジョン・アップダイク「走れウサギ」
10. ジョン・ファウルズ「コレクター」
11. ヘミングウエイ短編集
12. テネシー・ウイリアムズ「欲望という名の電車」
13. J・P・サルトル「自由への道」
14. アルベール・カミュ「手帖」
15. 小林秀雄全集 創元社版
16. 中村光夫「戦争まで」
17. 中原中也全集 創元社版
18. 深沢七郎「笛吹川」
19. 大江健三郎「芽むしり仔撃ち」
20. 江藤淳「奴隷の思想を排す」

【山田太一セレクト 中年期20】
1. 谷崎潤一郎「細雪」
2. 永井荷風「断腸亭日常」
3. 泉鏡花「天守物語」
4. 徳田秋声「縮図」
5. 川端康成「山の音」
6. シェークスピア「マクベス」
7. チェホフ「手帖」
8. ニーチェ「偶像の黄昏」
9. ナボコフ「ロリータ」
10. カフカ「変身」
11. 吉本隆明「擬制の終焉」
12. 磯田光一「殉教の美学」
13. 小島信夫「文学論集」
14. 柄谷行人「意味という病」
15. 山崎正和「鴎外闘う家長」
16. 西尾幹二「ヨーロッパ像の転換」
17. 河合隼雄「宗教と科学の接点」
18. 金子光晴「マレー蘭印紀行」
19. アーウィン・ショー短編集
20. レイモンド・カーヴァー短編集