アジアのごはん(47)塩麹と消えたタケノコ

森下ヒバリ

「塩麹に漬けていたタケノコが消えた!」と友人からメールが届いた。茹でたタケノコの根元の固いところを、薄く切って炒め用などのために塩麹をまぶしておけば、おいしくなって保存も効いて一石二鳥・・と彼女に教えたのはわたしである。

だれかが食べたんじゃないのかとか、自分で使って忘れたのじゃないかと、いろいろ疑ってみたが、がんとして漬けて3~4日で「溶けて消えた」とおっしゃる。うちの冷蔵庫にしまってある塩麹漬を取り出してみると、タケノコの姿は健在である。彼女はどうも薄く切りすぎたようでは、ある。もしや彼女の家には特殊な分解酵素を持つ特殊な菌でも繁殖しているのかしらん。

で、それから1週間ほどたって、塩麹タケノコを炒めものに使おうと、ジップロックの口を開けると、かすかなセメダイン臭がする。仕込んでからひと月近く一度もあけていなかったので、大丈夫かと味見しようとすると、いちおうタケノコの薄切りの形を保っていたそれは、つかもうとすると、あっけなくとろとろに崩れてしまった。

「と、溶けてる・・」先月、大量に掘りたてのタケノコをもらい、1日かかって茹でた。それから毎日、タケノコの煮物やタケノコご飯にして食べていたが、固いところの保存方法として薄切りにして塩麹をまぶしてジップロックして冷蔵庫にしまっておいたのである。

豆腐や茹で卵に塩麹をまぶしてひと月保存しておいても、溶けるというようなことにはならない。むしろ、脱水されて固く締まるとか、チーズみたいになるのだが、タケノコにはいったいどういう化学変化が起こったのであろうか。

どろどろのタケノコと塩麹とを掻き回すと、塩麹タケノコソース、とでも呼びたくなるようなどろどろのものができた。なめてみると、かなり臭いが、けっこうおいしい・・ような気もする。けして腐敗はしていない・・が、くさやの干物も苦手なヒバリは、秘密の調味料として使うのはやめて捨てた。ああ、タケノコさんごめんなさい。

1月の終わりに、まだ少し残っていた塩麹をビンに入れたまま冷蔵庫に放置してタイとインドの旅に出たのであるが、3月末に戻ってきて、料理をしようとビンのふたをぱかんと開けたところ、激臭が鼻を突いた。「な、なんでセメダイン!?」その刺激臭、まるでセメダインそのもの。セメダインというのは昔からある接着剤で、今ではあまり臭くないものもいろいろあるようだが、わたしが子供のころの製品はすべて有機溶剤の臭い、つまりはシンナー系の臭いがしたものである。

どういう化学変化かと恐る恐るなめてみると、味はいい。化学薬品に変わったわけではないらしい。その後、料理に使ってみたが普通の塩麹と同じであった。麹が発酵するときに出る香り成分に、シンナーを思わせるような香りの成分が少量あるのだろう。塩麹を長期保存する場合は、密封するより、時々かき混ぜて空気抜きするほうがいいようである。実山椒をみりんに漬けておいて、バラの香水のような香りのみりんを作ってしまったこともあるが、いやはや香りの成分というのは奥が深い・・。

とにかく、いまや塩麹はわが家の食卓に欠かせない調味料である。シンナー塩麹がなくなったので、そうだ、やっぱりいい麹を使うともっとおいしいかも、と無農薬有機米の麹を探して、それで塩麹を仕込んでみると大変おいしくできた。それから、いっきに塩麹の消費量が増えた。一番よく作るのは、やはり豆腐の塩麹漬けであろうか。水を切り、食べやすい大きさに切って塩麹をまぶして、タッパーなどに入れて冷蔵庫に入れる。漬けて一晩で食べてもいいし、何日おいておいてもいい。そのまま食べてもいいし、すりつぶしてクリーム状にして、白和えやサラダのトッピングなどに使ってもコクがあっておいしい。

塩麹料理のコツは、塩麹の塩加減を覚えてしまうことにある。醤油やみその使い方ならほとんどの人が、どれくらいかけたら塩加減がちょうどいいか体感しているはず。塩麹を何度も試して、これぐらい使えば、しょっぱさはこれぐらいと感覚で覚えてしまえば、あとはもう料理の幅がぐーんと広がる。

ちなみに今晩のメニューは「塩麹豆腐とアンチョビのカルボナーラ風フィットチーネ」でした。フィットチーネはちょっと平べったい、細めのきしめんのようなパスタ。にんにく、唐辛子、新玉ねぎの薄切りをアンチョビの浸かっていた油で炒めておき、パスタがもうすぐ茹であがるころになったら、塩麹豆腐、アンチョビを刻んだもの適量をさきに炒めていた玉ねぎの入った中華鍋に投入し、鍋の中で適当に豆腐をつぶしておく。
ロケットがあったのでちぎって入れ、バジルペーストもちょっと入れ、そうこうするうちに茹で上がったパスタを鍋からひきあげて、鍋に加え、オリーブオイル、黒胡椒を足して全体を和える。味を見て、塩かナムプラーを加える。

ソースを別に作っておいて、パスタの上に乗せるほうが見た目はきれいかもしれないが、ソースを作った鍋の中で麺と和えるほうが、味が万遍なく混ざって、断然おいしい。塩加減が足りない時に、塩麹を入れてもいいが、ここはナムプラーで調整するほうがすっきりまとまると思う。好みでレモン少々を絞るとさらにすっきり。

先日、解凍した麹が少し残ったので、どうしようかな〜と冷蔵庫を開けたらそこに前日のお粥の残りがあった。麹の残り+お粥の残り、これは甘酒を仕込めというお告げだろうか。お粥というのは弱った時に食べるもの、とヒバリはずっと思ってきたが、京都人の同居人にとってはごく日常的なごはんの形態であるらしい。京都人には朝にご飯を炊いて、おひつに入れ、夜はその残りをお粥にして温めて食べたという、保温機能付き炊飯ジャーのない平安時代(1日2食)からの風習がいまだにあるのか・・。朝粥を食べる和歌山県などは、夜にご飯を炊くのかな。

平安時代の風習ではないが、うちには炊飯ジャーがない。どうもあのプラスチックの塊のような存在がイヤでたまらず、所有したことがない。ご飯はいつも圧力鍋か土鍋で炊く。炊飯ジャーの保温機能があれば、甘酒はいとも簡単にできるらしい。麹から甘酒を作るには、50度くらいの温度を6時間ほど保ってやらねばならないという。60度以上になると麹菌は死んでしまうのだ。

そういえば、共同購入の宅配の発泡スチロールの箱があったし、湯たんぽもあるじゃないか・・。温度はカンでやってみることにした。指を入れて3回ぐるぐる掻き回せるぐらいはがまんできる熱さが50度~60度らしい。

ということでお粥を温め、麹と混ぜる。湯たんぽにお湯を入れて箱に入れ保温。1時間後、温度はどうかとふたを開けると。むあっとかなりの蒸しぶろ状態。麹のほうは、容器の中でぶくぶくと発酵中。ちょっとなめてみると、なんとすでに甘い。ミラクル!

一回湯たんぽのお湯を入れ替え、6時間ほどで食べ物のような飲み物のような、不思議な感じの甘酒ができた。甘さは飲むときに好みの甘さまで薄めればいい。冷やしておいて、朝起きて小さなコップに一杯、おやつに一杯、デザートに一杯、とちょこちょこ飲んでいるうちに甘酒はあっという間になくなった。

自然な甘さで、コメの粒をかみしめながら、ゆっくり食べるような飲むような甘酒。甘酒を1日何回も飲んでいた間、なにか体も心も元気だった。甘酒にはたくさんの酵素とミネラルが含まれているというが、その効果なのかも。夏バテにもいいというし。また作ろうっと。

塩麹といい甘酒といい、麹はほんとうにおいしくて、楽しい。麹ラブ!