製本かい摘みましては(60)

四釜裕子

東京製本倶楽部のお誘いで姫路に皮革工場を訪ねる。姫路は革の出荷額が全国の半分(成牛革は約7割)を占めるそうだ。10時前の姫路駅に集合、天守閣の修復がはじまった姫路城を遠くに見て、タクシーで(株)山陽さんへ。運転手さんに社名を告げると、「山陽は日本一の革工場、住所言われなくてもわかるよ」。道すがら地元のうわさ話に笑いまもなく到着、会議室でひととおり説明を受ける。創業1911年、敷地3万坪。生後半年〜2年の中牛皮と2年以上の生牛皮を月にそれぞれおよそ5000枚と2000枚出荷しているそうだ。今日はこちらでクロム鞣しとタンニン鞣しの工程を見せていただく。

事務所を出て原皮の貯蔵庫へ。ドアを開けるとひやりとした湿気と臭い。白っぽい中に肌色や灰色をした皮が、血や汚れをつけたまま、たたまれてコンテナに積み上げられている。主に北米から、塩漬けされた状態で輸入しているそうだ。あたりまえだけど革の元は皮。貯蔵庫を出て隣の棟へ。窓の外に水色の革の端切れの山が見える。大量注文を受けた色なのだろうか――。場内は広い。大きい。左に大きな牛乳瓶が昼寝したような機械、奥には水車のような丸いものが並んでいる。床は水で濡れている。圧倒される。事務所でいただいた工程図を手元で確認しておく。(1)準備(脱毛)して、(2)鞣し(皮に耐熱性と防腐性を付与)て、(3)仕上げ(乾燥、塗装)。

まず、原皮の汚れや血を取り除く。同時に、水分を補ってもとの生皮の状態に戻して、皮の内側についている肉片や脂肪を取り除くために裏打機に1枚ずつ(大きな皮は背筋に沿って半分に分けておく)入れていく。水分を含んだ皮はいかにも重そうだ。少し高いところに機械があるのは、取り除いたものを落としやすくするためだろうか。次に、皮を石灰に漬けてアルカリにして膨張させて、毛や脂肪、表皮を除く。皮自体を柔らかくもする。それから分割機に入れて皮の表面(銀面)と裏面(床面)を分ける。床皮は皮革としても使われるが、おもに食用・工業用・医療用のコラーゲン製品となる。

もう一度皮を石灰に漬けて柔らかくする。そのあと、アルカリになった皮を酸性溶液に浸して中和させる。いろいろな工程において、先に見たドラムが使われている。ドラムは木製で、大きさは大中あったが直径3メートル、高さ3メートルくらいの円柱が横になって備えてあって、水車のように回転する。この中に溶剤と皮を入れて回すと、内側にある突起に皮がひっかかっては落ち、ひっかかっては落ちする。穏やかに回るのでうるさくはない。近くに溶剤が、柱に沿って置かれた棚には道具が、きれいに並んでいる。場内をブーンと1人乗りの荷台が過ぎる。床はあいかわらず濡れている。どれだけ水が大切なことだろう。こちらではずっと、井戸水を使っているそうだ。

いよいよ鞣し。まずはクロム。皮に鞣し剤が浸透しやすいように先に酸性の液に浸してからクロム塩の溶液につける。これもドラムで行われている。ちょうど仕上がったものが、ドラムに開いた四角い口からのぞいて見えた。青い。そうか、クロム鞣しは一旦必ずこの色になるのだとようやく気づく。どうりで水色の皮ばかりが積み上げられているわけだ。ドラムから皮を引き出すのも、ドラムの中を洗浄するのも、たいへんそう。資料には「鞣し工程で皮から革になる」とあるので、ここから「革」と書くことにする。このあと革は1枚ずつ、男性2人が呼吸を合わせて水絞り機にかけていく。これまたいかにも重そうだ。絞られた革は薄い水色になり、きれいに重ねられている。触れてみる。しっとりと、少し温かい。

革はタイヤ付きの担架のようなものに載せて、シェービングマシーンに運ばれる。厚みを一定にするのだ。先に見た水色の革の端切れの山は、ここにあった。このあと、用途に合わせてもう一度鞣したり染色や加脂が行われ、セッティングマシンで水分を取りながら伸ばしては、熱風などで乾燥させる。再び水分を与えてもみほぐす。そして、網板に形を整えて張って乾かす。革の周囲にあるひっかけたような穴は、この時につく。見上げると、黒い革が1枚ずつフックに吊り下げられて、ゆっくりと奥のほうに流れて行く。これも乾燥の一手段。そういえばここのところ洋服屋はシャツでもジーンズでもこんなふうに1つのフックにひっかけて並べるところが増えたな、と、思った。

奥に水槽が並んでいる。タンニン鞣しのためのもの。濃度の異なる3つの液に順番に浸すのだそうで、仕上がりまでに30〜40日もかかる。様子をうかがいながらじっと待つ――先に見たクロム鞣しとは、化学的な違いもさることながらあまりにわかりやすい物理的な違い。タンニンは南アフリカ産のミモザ。クロムの青に対してこちらは茶色、このあと漂白してから加脂、伸ばしなどの工程に進む。クロムとタンニンを組み合わせて鞣したり、タンニン鞣しもドラムを使うところがあるようだ。

網板に張って乾かした革は、このあと銀をむいたり塗装したり、艶出しや型押しなどの表面加工がほどこされる。このあたりには、タイヤがついた、高さ120センチくらいの大小の馬鞍型のものが随所にある。色とりどりの革が、これにかけて運ばれていて、きれいでかわいい。艶出し機械の横には、へら状の道具が並んでいる。目の粗さがいろいろあって、これで革の表面をなでるようだ。機械化される前はすべてこうした道具で行われていたわけで、今でもちょっとした加減をみるのに使っているのだろう。革はこのあと、計量して検査のうえ出荷となる。

ここまで2時間。工程を目で追うのが精一杯だった。水分を与えては絞り、与えては絞りの繰り返し。気候をかんがみ、皮の様子をみながら、傷つけることなく、長所を活かし、短所を補い、鍛え、柔らかく、強く、美しく……。何かに似ている。スポーツだ。「皮」という運動能力の高い人を、工場の人がトレーナーとなり、「革」という選手に育てているのだ。名残惜しいが、(株)山陽のみなさまにお礼を言って後にする。昼ご飯を食べ、午後は白鞣し保存会へ。(この項続く)