ジャワ舞踊と動物

冨岡三智

今回は、ジャワ舞踊でどんな動物が登場するのか紹介しよう。(最後に、登場しない動物も一例挙げたが…)一口に動物と言っても、動物の姿を描いた舞踊もあれば、シンボルとして意味を持つものもある。いずれにせよ、人々が身近に感じている動物であることには間違いない。

●象(gajah)
舞踊の振りには、象と付くものがいくつかある。ゆったりと揺れ動くような動きの形容によく使われる。

ガジャ・ゴリン(gajah ngoling)という動きでは、胸から目の高さの位置に右手を上げ、手頸を返しながら、手で摘まんでいるサンプール(舞踊で使う羽衣のような布)を引っ掛けたり払ったりする。左手は腰から下の位置で、その動きのバランスを取るように、やはりサンプールを払う。こう説明すると、手の動きだけが目に入るが、実はこの動きで大事なのは、上体を左右に揺することなのだ。だから、この部分では、音楽は少しテンポを落とすと格好いい。

ガジャ・ゴンベ(gajah ngombe)は「象が水を飲む」という意味。下ろした右手を、甲から上へ吊りあげられるように持って行き、耳の横でポーズを決める動き。最後のポーズはウクル・カルノの終わりのポーズと一緒だが、ウクル・カルノとガジャ・ゴンベでは、右手が経過するコースが違う。ちょうど、象が水を飲むのに鼻を持ち上げているようなポーズなので、この名前がある。

この動きは、次のガジャ・ガジャハンという男性舞踊の動きの中で使われる。しかし、ガンビョンという女性舞踊の中でも使われることがある。ガンビョンのテンポが移行する部分のつなぎの振りとして、ふつうはウクル・カルノを使うところ、故・ガリマン氏(舞踊家・振付家)はガジャ・ゴリンに変えて使っていたと、私の師匠は言っていた。

ガジャ・ガジャハン(gajah-gajahan)は「象のように」という意味。様々な動きが組み合わされていて複雑なので、一言で表現できない。またンガジャ(ngajah)という振りもある。「象になる」という意味だろうか?一言で言えば、体を左右に揺らせながら、後ずさりしてゆく振りで、シンプルだが重々しい。いずれも、宮廷男性舞踊のアルス(優形)で使われる。それはおそらく象が王の象徴であり、自己抑制されたアルスな状態の象徴であるからだろう。ちなみに、ジャワの王宮ではかつて象が飼われていた。その象使いが住んでいた地域がガジャハン(gajahan)である。
●孔雀(merak)
やはり宮廷男性舞踊のアルスの中に、ムラッ・カシンピル(mrak kasimpir)という動きがある。一般的に良く知られた「パムンカス」という舞踊の中にも入っている。「孔雀が羽を広げる」という意味だが、動きは非常に抽象的。振付の前後のつながりを見ていると、何か、最終的に到達した境地を象徴しているように感じる。たぶん孔雀も、宮廷では何らかのシンボルを担っているのだろう。

宮廷とは全然別の系統で、「ムラッ」という舞踊がある。これは孔雀の動きを模した舞踊で、餌を取るように首を突き出したり、肩を揺らしたり、手につけたマント(羽を表す)を広げたりする。子供から若い女性まで踊れる演目だが、動きがちょっとセクシーに感じられる。生物学的に言えば、色鮮やかな羽を持つクジャクはオスなのだが、舞踊では、孔雀の性別は明らかに女性である。「ムラッ」は、中部ジャワでも、西ジャワでも、東ジャワでも踊られている。(これら3地域は様式が異なる)

●サル
ジャワのサルの舞踊には種類が多い。これは1961年に始まった観光舞踊劇「ラーマーヤナ・バレエ」のために、多くの型が創りだされたからなのだ。アセアン各国の共同制作公演の「ラーマーヤナ」に出演していた私の師は、他のアセアンの国では、サルの型はジャワほど多くないようだと言っていた。ジャワで一般的に知られたサルの舞踊といえば、まずは「ワノロ」である。これも「ラーマーヤナ・バレエ」の時に創りだされた演目で、だいたい小学校低学年ぐらいまでの男の子用の演目であり、大勢の子どもたちが一度に踊る。だいたいこの年頃の男の子なんて、やっていることはサルと大して変わらないから、舞台を走り回っていたら本当にサルに見える。ハヌマンなどのキャラクターは花形なので、もっと年齢が上で、経験のある男の子のための演目である。

●ウサギ(kelinci)
ウサギの踊り「クリンチ」も「ラーマーヤナ・バレエ」のために創りだされた演目で、森の中の場面で登場する。私が不思議だと思うのは、ウサギなら女の子用の演目だと思えるのに、ジャワでは男の子用の演目になっていること。舞踊の動きとしては、男の子がやっても女の子がやってもよさそうな内容で、お遊戯会の踊りという感じである。

●イヌ
ここに挙げておいて何だが、現在、イヌの踊りはない。「ラーマーヤナ・バレエ」が始まったとき、ウサギの踊りと共に創られたという。私の師は、「ラーマーヤナ・バレエ」が始まって翌年か翌々年くらいから「クリンチ」に出演していた。その時にはすでにイヌの踊りがなくなっていたが、歌詞には「イヌとウサギが〜」という文句が残っていたという。

イヌの踊りがあったというのも驚きである。ジャワではイスラム教徒がほぼ9割を占めるが、イスラム教徒は犬を嫌う。さらに日本だと犬には忠義や忠節のイメージがある―たとえば、忠犬ハチ公や桃太郎にお供するイヌのように―が、そんなプラスイメージはジャワには全くないという。そういう理由で、イヌの踊りは用いられなくなったらしい。でも、そうなることは始めから分かりそうなものだ。私でも、なぜイヌの踊りを作ったのだろうかと思う。

余談だが、犬は嫌われるとはいえ、ジャワでは犬肉は薬食いとして食べられている。サテ・ジャムーというのがそれで、サテは串、ジャムーは漢方薬のこと。焼き鳥のように、串刺しにして食べる。体が温まるという。