昨年10月号で下半身の衣装を説明したので、今回はその続き。
ジャワ舞踊では下半身にはジャワ更紗(バティック)を巻く。…と10月号に書いたが、実は例外があることを書き忘れていた。それは宮廷舞踊ブドヨの場合である。ブドヨでもバティックを巻くことはあるのだが、儀礼性の高いブドヨではチンデというインド伝来の模様の布を巻く。現在のジャワではチンデといえば染めだが、本来は織りである。実はジャワ王宮では、チンデは貴族がその地位を示すために使われる。男性なら帯やズボン(バティックの下に穿く)身に着ける。女性舞踊でそのチンデを下半身に巻く時の上半身の衣装は、通常のバティックのサイズより縦も横も2倍大きいドドット・アグンというサイズの布に、森羅万象を示すアラス・アラサンという柄(森に棲む各種動物の柄)を金泥で描いたもの。結婚式の花嫁衣裳の姿でもある。宮廷でも「ブドヨ・クタワン」という、今でも門外不出の舞踊にしか使われない。それ以外のブドヨには、上半身にドドット・アグンのサイズのバティックを巻く。
・素材
宮廷舞踊のスリンピや、宮廷舞踊から発展したゴレック、あるいはワヤン・オラン(舞踊劇)の上半身の衣装は、ビロードの布に金糸や金コード、ビーズなどで刺繍したものだ。デザインには袖無しで前開きのコタンと、ビスチェのように肩が露出するムカッの2種類があり、スリンピにはどちらのタイプも用い、ゴレックではコタンを用いる。ビロードはどう見ても西洋風に見えるが、事実、イタリアで発明され、ルネサンス期に発展した素材だ。日本には南蛮貿易で伝来したことを考えると、ジャワ島に伝わったのも日本とそう変わらない時期ではないかと思う。伝統技法のバティックとの組み合わせは変に感じるが、バティックも発展したのは17世紀頃からと、ビロード伝来時期とあまり変わらないようである。当時の宮廷人にとってはどちらも最新の豪勢な素材で、宮廷の権威を示すにふさわしい素材だったのだろう。
一方、民間舞踊のガンビョンでは木綿に絞りを施した布を胴に巻き付ける。この布のことをクムベンと呼ぶ。絞りは世界各地で古代から見られる手法で、庶民が着用できる(安い)素材なのだ。アクセサリも豪華ではなく、その代わり、ジャスミンの花輪を首にかけ、ジャスミンやカンティル(モクレンの仲間、指先くらいの大きさ)を髪に挿す。実はガンビョンの舞踊では、このジャスミンの花を身に着けることが重要なのだと着付の師に教えられた。ガンビョンは本来豊穣祈願の舞踊なのだが、その踊り子たちが身に着けたジャスミンの花には病気を直す力があると信じられ、観客たちは欲しがったそうである。
・色
ジャワ舞踊では、上半身の衣装の色と腰に巻くサンプールという布の色の取り合わせがコーディネートで重要になる。特に舞踊劇ではキャラクターを表現する上で色が重要だ。たとえば、スリカンディはスラカルタ様式では赤色のムカッに青色のサンプールを組み合わせることに決まっている。赤い衣装は荒型用の色だが、スリカンディは女性ながら司令官として戦場に立つ女性なので赤色がふさわしく、赤×青のコントラストでキャラクターの強さを一層強調するのである。一方、優美なキャラクターを表現したり、曲の優美さを強調したりしたいなら、黒、紺、深緑、深紫などの落ち着いた色のビロードの上着に深い色の緑色やマゼンタ色のサンプールを合わせるのが良い。黄色やオレンジ色のサンプールは舞台映えするが、キャラクターがついているので、宮廷舞踊には合わないと私の着付の師匠は言う。また、日本人だと紫色の上着にはピンク色をコーディネートしたくなるが、ピンク色はジャワではほとんど見ないように思う。どうも、ジャワ人にはピンク色は煽情的な色に見えているのではないかと感じている。
ジャワでは特定の色の組み合わせに名前がついていることがある。一番有名なのはパレアノムと呼ばれる若い緑色×黄色の組み合わせだろう。これはマンクヌガラン王家の旗印の配色である。ちなみにパレは苦瓜、アノムは若いという意味。だから、同王家が振り付けて有名になった作品「ガンビョン・パレアノム」では、緑色のクムベンに黄色のサンプールを合わせる。