水牛的読書日記 2021年11月

アサノタカオ

11月某日 ある読書会で出会った方がお亡くなりになった。病気であることは知っていた。かつてともに読んだ本を開いて、その人の声を思い出す。これからも。ありがとうございました。

11月某日 韓国文学翻訳院の主催、小説家のチョン・セランさん、津村記久子さんのオンライントークを高校生の娘と視聴した。司会者の発言を受けて「そうかな? チョン・セランの「リセット」は暗いだけの小説じゃないよ」と娘がとなりで。「最後には希望もある」と。ぼくは「リセット」をまだ読んでいないので、よくわからない。この作品は『声をあげます』(斎藤真理子訳、亜紀書房)に収録されている。

11月某日 『現代詩手帖』2021年11月号を購入。特集は「ミャンマー詩は抵抗する」。今年2月、ミャンマーで起こった軍事クーデター。2019年にミャンマーを旅した妻とともに、一連の報道を注視していた。SNSを通じて、軍事政権に抵抗する民主化運動の前線に詩人がいることも伝え聞いていた。いてもたってもいられない気持ちで詩誌のページをひらき、3月3日、デモに参加して治安部隊に射殺されたケイ・ザー・ウィンの詩「獄中からの手紙」を読む。詩人の四元康祐さんによる訳。

11月某日 在日の文学者・金石範先生の小説を読む。2010年代以降の比較的近年の作品、『死者は地上に』『過去からの行進』『海の底から』(以上、岩波書店)を集中して続けて。『金石範評論集Ⅰ 文学・言語論』(明石書店)も読みはじめたところだが、これはイ・ヨンスクさん監修、姜信子さん編集によるすばらしい企画。金石範先生が70年代に発表した『ことばの呪縛』『口あるものは語れ』『民族・ことば・文学』などの評論集は、日本語環境で「ポストコロニアル」という用語が広まるはるか前に、帝国主義的な国家と歴史のイデオロギーに抵抗する批判精神の上に立ってみずからの文学や言語の思想を語るきわめて先駆的な内容だった。評論のベストセレクションがこうして一冊のあたらしい本にまとめられ、ていねいな解説や解題とともに読めるようになったことはうれしい。

関連して雑誌『対抗言論』2号のふたつの座談会を読む。康潤伊さん、櫻井信栄さん、杉田俊介さんによる「在日コリアン文学15冊を読む」、温又柔さん、木村友祐さんらによる「共同討議 文学はいま何に「対抗」すべきか?」。前者では、金石範先生の小説「虚夢譚」が紹介されていた。

11月某日 最寄りの書店ポルベニールブックストアで、「TAIWAN BOOK FAIR 閲読台湾!」の冊子をもらう。それとは別に、台湾文化センターが発行する「TAIWAN BOOKSTAR 2021」という文庫サイズのおしゃれな冊子ももらった。作家・呉明益の小説をはじめ、台湾書籍がいろいろ紹介されていて眺めているだけで楽しい。

11月某日 アメリカの作家、カレン・テイ・ヤマシタさんが全米図書賞のthe Medal for Distinguished Contribution to American Lettersを受賞。おめでとうございます。同賞は過去にトニ・モリスン、レイ・ブラッドベリ、アーシュラ・K・ル=グウィンら錚々たる作家が受賞している。カレンさんは受賞後のオンライントークで、アジア系アメリカ人の作家としてはじめて同賞に選出されたマキシン・ホン・キングストンのことから語っていた。マキシン・ホン・キングストンの小説については、藤本和子訳で『チャイナ・メン』(新潮文庫)がある。

ぼくは20年来、カレンさんと親しく交流していて、彼女のエッセイ「旅する声」(『「私」の探求』[今福龍太編、岩波書店]所収)と小説「ぶらじる丸(抄)」(『すばる』2008年7月号)を今福龍太先生と共訳している。カレンさんの小説の日本語訳は、本としては『熱帯雨林の彼方へ』(風間賢二訳、新潮社)1冊のみ。『ぶらじる丸』と『オレンジ回帰線』(これはめちゃくちゃおもしろい小説!)は抄訳のみあるが、ほかの作品も翻訳出版されるとよいなと思う。

11月某日 妻が10日ほど旅したので、その間、Netflixで韓国ドラマを集中して鑑賞した。『秘密の森』『補佐官』『イカゲーム』『マイネーム』『地獄が呼んでいる』『調査官ク・ギョンイ』……。凝りだすととまらない。韓国映画も含めて昼夜のべつまくなしに映像を見まくって、これが「ネトフリ廃人」かと思った。
東京・新大久保のコリアタウンへ娘と繰り出し、『イカゲーム』に登場した「タルゴナゲーム」を実地調査。カルメラ焼きみたいなお菓子にさまざまな模様の型をおしあて、爪楊枝や針などできれいにくりぬいたら勝ち(?)、という韓国の遊びらしい。傘の模様にチャレンジしたが、途中でぱきんと割れてしまう。ドラマの中ではこの瞬間、射殺される。無念。

11月某日 明星大学の日本文化学科で「編集論」のゲスト講義をおこなった。この授業は、先輩の編集者・竹中龍太さんが担当。詩人・山尾三省の本の生誕80年出版企画を素材に、本をつくることと場所を知ること、編集とフィールドワークの関わりについて話した。リアクションペーパーを見ると、学生のみなさんに話の内容は伝わっているようでひと安心。多摩センター近くの大学キャンパス周辺の紅葉がきれいだった。

講義を終えた夜、「もしかしたら」と京王線分倍河原駅で途中下車。かねて訪ねたかったマルジナリア書店へ行くと、さいわいオープンしていた。拙随筆集『読むことの風』(サウダージ・ブックス)が棚に並んでいてうれしい。よはく舎刊行の『YOUTHQUAKE U30世代がつくる政治と社会の教科書』を購入。自分とU30世代の娘のために。

11月某日 突然の訃報がまたしても。長谷川浩さんがお亡くなりになった。ぼくは編集者の長谷川さんのお誘いで、『Spectator』などいくつかの雑誌で文章を書かせてもらった。むかし住んでいた神奈川県葉山町の一色海岸でともに遊ぶ人としても、お付き合いしていた。やさしい人で、いつも幼い娘と遊んでくれた。思い出の中で、夏の海、シーカヤックに乗って沖をゆく子どもと長谷川さんの姿がきらきら輝いている。

長谷川さんは下北沢の対抗文化専門カフェ・バー&古本屋である気流舎の運営メンバーでもあり、お店で偲ぶ会が開催されるとのことで訪問。祭壇に置かれた革ジャン姿のかっこいい遺影に手を合わせた後、久しぶりに会ったメンバーとおしゃべりし、棚の本を眺めた。長谷川さんは長年、集英社で仕事をし、90年代に文芸誌『すばる』の編集にもたずさわり、のち編集長に。ずらりと並ぶ長谷川さんが手がけたバックナンバーがなつかしい。学生時代に熱心に読みこんだ特集の数々、ある意味ぼくは「長谷川チルドレン」だったのだ。長谷川さんは書籍編集者としてもワールドワイドに活躍し、『神経政治学』のサイケデリック心理学者ティモシー・リアリーからミハイル・ゴルバチョフまで交流のふり幅の大きさにも驚いた。

不思議と本の話をしたことはない。まして出版社での仕事の話は一度も聞いたことがない。一色海岸で少し猫背の後ろ姿に声をかけると、長谷川さんはいつも「ああ、アサノさん」と片手を上げてはにかんだ笑顔でふりかえった。夏の夜、おたがいの旅の話をしながら、ビールを片手に浜辺のバーのとまり木に腰を下ろし、打ち上げ花火を眺めたこともあった。おーい、長谷川さん。そのうち彼岸のバーでまた会えますか。でも、本の話をするのは、やっぱりやめておきましょうね。生きているあいだに、ぼくらはもういやというほど読んで読んで読んだのだから。

11月某日 宮内勝典さんの待望の新作長編小説『二千億の果実』(河出書房新社)が届く。『文藝』での連載を毎回、興奮しながら読んできたが、いよいよ一冊の本に。年末年始に全身全霊を捧げて読書したい。2005年に刊行された宮内さんの小説『焼身』(集英社)はもともと『すばる』に連載され、当時編集長だった長谷川浩さんが編集を担当したのだった。