ロミオとジュリエット(晩年通信 その19)

室謙二

 犬は飼ったことがないが、ネコは飼ったことがある。
 私が覚えている最初のネコは、ロミオとジュリエットというカップルで、私はロミーとジュリーと呼んでいた。
 ロミーは乱暴なネコで、ちょっかいを出そうとすると、私を睨みつけて歯を見せる。もっと遊ぼうとすると、爪で引っ掻いてきたり噛みついてくる。ジュリーの方はよく覚えていないんだ。
 最初のネコと乱暴な付き合いだったので、二十年ぐらい前までは、私はネコを時々乱暴に扱う。すると友人家族に怒られる。私の子供の頃、1950年代日本での飼い主と飼いネコの付き合いは、今のネコ好きとネコとの優しい付き合いとは違って、けっこう緊張感のあるものだった。
 食料が余っている時代ではなかったから、ネコに行く食べ物はあまりものだったり少量だったり。人間が食べたくないもの(古かったり、汚かったり)だった。ネコだってそんなものは嫌だろうが、食料がない時代だから、ネコもお腹がすいている。
 あの時代、ペットショップで買った、ネコ用の食料なんかありません。だからネコの方も、すきがあればテーブルの上の食べ物を盗んで逃げる。

  ネコといっしょに飲み食べる

 アメリカに来てから聞いた話で、家族全員が旅行に行くので、ペットの世話に人に泊まってもらったとのこと。冷蔵庫の中のものはなんでも食べていい、というので食べかけの缶詰を食べたらしい。なかなかおいしいよ、と帰ってきた家族に言ったら、ネコの食べ物だったとのことだ。
 それなら、私も一度食べてみようと試した。一口食べてみたけど、あれは人間にも食べられるものだね。

 京都のほんやら堂を、みんなで作ったばかりの頃、東京からやってきたときに二階に泊まっていた。ほんやら堂に出入りしているネコが、夜中に私の寝床に入ってくる。ネコは好きだけど、うるさいんだ。
 追い出しても、寝ているところにニャーとやってくる。私は酔っ払っていたので、寝る前に飲んでいたウィスキーを少量、ほんの少量だよ、ネコの口の中に注いだら、ネコは「ぎゃー」と、爪を立てて飛び上がって。走り去った。
 ひどいことをしたものだ。でも次の日は平気な顔をして、またやってきた。
 あれは虐待だね。だけど子供のころネコと、とっつき合い、爪で引っ掻かれたり歯で噛まれて血が出たり、との乱暴な関係だったので、その感じがその時まで続いていた。今みたいに、おネコ様との優しい関係ではないのです。

 三十年ぐらい前からなあ、もっと前かもしれない、ソラノ通りにあるフライ釣りの店に行ったら、小さなネコがいた。オーナーの奥さんのネコの子供で、誰かもらってくれないかと置いている。そのネコが好きになった。ネコの方も、私を気に入ったみたい。妻のNancyに電話をして、「ねえネコを飼わない」と言ったら、彼女もその気になった。
 これが何十年ぶりかのネコで、ゴロー(五郎、吾郎)と名付けた。私たちには二人合わせて4人の息子がいるので、5人目の息子(五郎)です。それに迷いの世界を超えた悟ったネコになってくれよ、という意味の吾郎(ゴロー)でもあった、ところが、これが悟りとは正反対の、徹底的馬鹿ネコだった。だからいっそう愛した。

  結局、噛まれて死んだ

 ゴローは、二階の窓が開いている時に、窓の枠に座って外を見るが好きだった。ところが窓が閉まっていてもガラスで外が見えるので、勢いよく床を走ってきて、窓の枠に飛び上がる。そして頭をガラスに打ちつける。床に落ちて転がり、しまったとばかり、私を見上げる。オイオイ大丈夫か?
 ゴローは雷の音が嫌いで、雷が鳴ると怖がって床を走り回って、それからベットの下に入り震えて出てこない。雨が降ってきて雷音が響く。
 雷は怖いらしいが、隣の犬は怖くない。その大きな犬と喧嘩をするのだ。犬と喧嘩する猫なんて初めてだ。まずは塀越しで、吠えられたり唸り返したり。犬はついに塀の下を掘って我が家に入り、ネコを追いかけて、ゴローは物置きの建物の上に飛び上がって逃れた。
 だけどその前にお腹を噛まれて、何針も縫うケガ。犬の飼い主がすまながって、何百ドルかの治療代を出してくれたけど、あれはゴローの方が悪い。
 そして最後には、その隣の犬に咬み殺されてしまった。死んだ体を運んで、ペットショップで手続きをした。葬式をしてもらった。犬の飼い主にお金も出すと言われたのだけど、馬鹿ゴローが犬を挑発したのを知っていたので、自分たちで出したよ。

  最後のネコ

 ゴローから何代かネコを飼った。
 でも、もうネコはいない。いまネコを飼えば、きっと私たちより長生きするだろう。ネコを後に残して、私たちは死ねないよ。だから近所の散歩の時に、近所ネコと友だちになっている。それが私の楽しみ。
 Nancyと散歩しても、私のところだけに寄ってくる。不思議だね。私にはたくさんネコ友だちがいるんだ。本当はネコを飼いたいのだけど、それで我慢している。
 ペットショップでネコの食べ物を買って、歩きながら与えて仲良しになろうと思ったが、飼い主は自分のネコの食べ物に注意を払っているだろうからやめなさい。とNancyに言われて我慢している。
 ゴローが隣の家の犬に殺されてしまった後は、エミコだった。隣近所の掲示板で飼い主を探していると言うので、その家に行ったらかわいかったので貰った。母ネコの名前がエミーだったかな、それでエミコという名前にした。
 この子が亡くなった後に、クッキーを、これも近所から貰った。
 これが最後のネコだね。

  中に入れてほしい、と言う。

 クッキーはまだ若いのに、ヘルニアで足が痛くなって素早く歩けなくなった。それで外ネコだったが、家の中に入れてくれ、と言う。
 ネコを飼うときに、まずは内ネコとして飼いたい。外ネコにすると、外で喧嘩したり、他の動物に噛まれたり、自動車にはねられたり、外ネコの命は内ネコの半分なのだそうだ。
 長生きしてほしいので飼いネコは内ネコにしたいのだけど、どうしても出て行きたがる。隙があると外に出て行ってしまう。と言っても、隣近所の庭ぐらいまでで、時には小さな通りの向こう側まで行ってしまこともあるが、ちゃんと食事に戻ってくる。
 かつては、隣とその隣の家の床下を住処とするタヌキ(Possum)一家がいて、タヌキは乱暴な動物なんだよ。小さなネコなんか、噛み殺してしまうかもしれない。そのタヌキ一家が、クルマがビュンビュン走るテレグラフ通りを悠々と歩いていて、ここはバークレーなので、人が降りてきてタヌキさま一家のためにクルマを止めて歩かせる。もうあのタヌキ一家はいないなあ。そういう動物は、我が家の周りにはいなくなる。何年か前にどこからかタヌキが一匹、我が家の裏庭に迷い込んできた。あれが最後だね。

 最後のネコのクッキーは、足が悪くなった。ネコ病院に連れて行くとヘルニアだそうだ。痛がるのでクスリをあげたかなあ。手術も必要だと言われたが、かわいそうだけどほっておいた。
 クッキーはずっと外で遊んで、食事だけ帰ってくるネコだったが、ヘルニアが悪くなって家に入れてくれと言うようになった。ずっと外ネコだったので、寄生虫とかノミとかダニがついているかもしれない。だから家に入れたくなくて、段ボール箱にタオルを入れて二階のデッキに置いて、そこがクッキーの住処になった。
 でも体が弱ってきて、家に入れてよと鳴く。
 私がドアを開けて外に出るときに、足元から家の中に入り込む。
 ダメだよ、と外に押し出す。
 クッキーは体が痛いので、ゆっくりと二階デッキの階段を裏庭に降りていった。それがこのネコを見た最後だった。

 クッキーが食事に帰ってこないので、何日も近所を探した。「クッキー、クッキー」と呼びながら、近所の家の床下を覗き込んだり。でも見つからなかった。
 体が弱っていたから、病気で床下で死んで、タヌキに食べられてしまったのかもしれない。かわいそうなことをしたなあ。
 あれ以来、ネコとの別れが悲しいので、ネコは飼っていない。
 今になれば私の方が先に死ぬだろうから、後に残したくないのでネコは飼っていない。