いま、岩手県の早池峰山中でこれを書いている。現在制作中の短編映画『オシラ鏡』のため、追加で冬景色を撮る必要に迫られて、季節を巻き戻すため標高1500メートルまで上がってきた。冬季は道路が閉鎖されているから、白馬の叔父から借りたバックカントリー・スキーを履いて、大量の機材を担ぎ無人の避難小屋「うすゆき山荘」まで二時間。そこで一泊して、翌朝早池峰山のできれば八合目くらいまではいってみたいと思っている。
今夜は雪山でもずいぶん暖かい。小屋から出て、雪を掘って即席のかまどをこしらえ、生木を敷き詰めた上に乾いた薪で焚き火を熾した。夕方から流れ始めた薄雲に満月が透けて見え、あるかないか、くらいの月影が背後のナラ林に縞目を作っている。
ここにはわたしひとり、他にだれもいない。それなのに山の頂や、水音だけで見えない谷間の沢や木々のなかに、たくさんの気配を感じる。
遠野に通い始めたのは震災前、2009年か翌年だったが、そのころから山の中で作品を作ることが増え、自然に、少しずつ登山の楽しみを知るようになった。
ただでさえカメラや三脚で重い荷物に加えて、毎回食料をどうするか、頭を悩ませる。はっきり言って生存に必要な熱量さえ確保できればいいので、フリーズドライの登山食やカップラーメンなど軽い食料が妥当だ。ところが、山に入る前日地元のスーパーでうまそうな食材や地酒を目にすると、どうしても手が伸びてしまい、肩に食い込むバックパックの重量が、破壊的に増える結果をみる。
山に行く目でスーパーを眺めると、ふだん買わない食材を発見して楽しい。
たとえば今回は、遠野名物味付けジンギスカン、そして気仙郡住田町算の「鶏のハラミ にんにく味」いずれも冷凍パックを買った。さらに産直で行者にんにく、ふきのとう(このあたりではバッケと呼ぶ)、菜花にりんご、南蛮味噌、きゅうりの辛子漬け、おにぎり5個。一泊二日の行程にはありあまる食材だが、山男/女たるもの非常時への備えを怠ってはならない。今回は肉を焼くので、お酒は地元のエーデルワインの赤にした。
登攀開始からわずか数歩、後ろ腿の異常な負荷をもろに受け、ああ、あんなに食材を買わなければよかった──なんでパックじゃなくて瓶の酒にしたのか・・・(しかも700ミリリットル)と激しい後悔に苛まれる。しかしわたしの場合、後悔よりも飲食への執着の方が強いので、そのまま息を上げながら昇りつづけることになる。