急に寒くなってきた。昨夜寝る前に気温を調べると、11℃だった。ミラベルの季節は終わってしまった。こんな寒い夜、恋しくなるのはポワローである。
ポワロー。どれだけ探し求めたことだろう。高校生の頃読んだ、三善晃氏の料理本『オトコ、料理につきる』(文春文庫、1990年)の中で初めて出会った時のことは今でも忘れない。文庫本をお持ちの方は、148頁を開いてみてほしい。「スープ・ヴィシソワーズは女王の味」という見出しで、何やらあでやかな料理が紹介されている。材料を引用しておくと、次の通り。
材料(1人分)
じゃがいも 大1個、ポワロー(ぽろねぎ) じゃがいもと同量、バター 大さじ2、生クリームと牛乳 1カップ、ほかにヴイヨン・キューブ、塩、胡椒
ポワローを除けば、なんてことない材料である。問題はポワローなのだ。「ポワロー(ぽろねぎ)」って何だ? そう思った。残念ながら実家近くのスーパーでは、ポワローは見つけられなかった。それ以来、ずっと気になっていた。「ねぎ」というからには、葱なのだろう。でもどんな葱なのか。高校を出て、上京し、沼袋に住んだ。でも、せっかく東京に出てきたのに、やっぱりポワローは見当たらなかった。たぶん、他のことに浮かれて、熱心に探さなかったからだ。探し物は、案外近くにあるものなのに。
そのポワローが急に身近になったのは、フランスに来てからである。『オトコ、料理につきる』で初めて知ってから、たどり着くまでに10年もかかったのだ。最初の出会いは感動的だった。近所のスーパーに行くと、下仁田葱のようなたくましい葱が3本200円くらいで売っている。ポワローだ、とひと目で直感した。そして、それはポワローだった。以来、寒くなるとポワローが恋しくなり、求めてしまう。
ポワローはフランス語の呼び名で、英語ではリーキというらしい。どっちも何だかかっこいい名前である。姿は下仁田葱だが、いわゆる葱っぽいにおいはまったくしない。長さは60センチくらいだろうか。上半分は緑で、下半分は真っ白。一番下には、短く刈り込まれた体毛のような根が控えめに、でもちょっと大胆に生え、密集している。緑の葉っぱの部分は、変な喩えだけれどもチューリップの葉っぱくらいのかたさで、葉の構造も下仁田葱のように袋状にはなっていない。下の方は、まあ、葱である。これといって特徴はない。だけれども、日本でよく売っている葱よりは、随分と太くてどっしりしている。太さは、そう、ラップの芯くらいだろうか。どっしり、すべすべしていて、愛嬌がある。
このポワローを上と下とに分け、上の部分の柔らかそうなところと、下の白い部分を茹で、フレンチドレッシングをかけて食べると、ポワローの甘さとドレッシングの酸味が手を取り合い、本当においしい。隙間なく詰まった葉と葉の間は、とろりとした甘い汁で潤んでいて、シャキシャキとした歯触りと甘さの両方を楽しむことができる。茹でただけでもおいしいけれども、僕がもっとも好きなのは、鶏肉とポワローを煮込んだ料理である。皮付きの鶏肉を買ってきて、塩胡椒を少し多めにふり、皮面を下にしてしっかりと焼く。そこに適当な大きさにぶつ切りにしたポワローを加え、さっと炒めてから、適当なスープを注いでポワローがちょっと透き通るまで煮込む。ポワローのシャキシャキとした甘さと、鶏肉のさらりとした脂がよく合う。適当にこしらえたものなので、特に名前はない。ポワローが手に入る間は、一週間に一回くらいはこれを作る。玉ねぎやニンニクを入れてパワフルにしてもいいし、人参やじゃがいもを入れてポトフみたいにしてもいい。この前などは、スープを思い切り少なめにして、煮るのと焼くのの中間くらいにし、食べるとき、鶏肉の皮にイチジクのジャムを少しだけ乗っけた。この場合、鶏肉には少し強め目に塩をし、皮面がカリッとなるまでしっかりと焼いておいた方が良いようだ。鶏肉の塩味に、イチジクの甘さがよく合い、付け合わせのポワローがまた優しい甘みを与えてくれてとてもおいしかった。これは昔レストランでアルバイトをしていたときに鴨にオレンジソースをかけていたのを思い出し、試しに冷蔵庫の中にあったイチジクのジャムで応用したものである。当然のことながら、ジャムは欲張ってはいけない。あくまで隠し味としてちょっとだけつける。
寒くなってくると、ポワローが恋しくなる。そうなると、もう我慢はできないのだ。気がつけば、ポワローの白くすべすべした肌に、冷たい包丁を突き立てている。