万華鏡物語(3)恥ずかしい

長谷部千彩

書籍を二冊、並行して作っているため、今年の夏は、加筆修正作業にかかりきり。連載が二本終わったこともあって、新しい原稿はほとんど書かなかった。ウェブマガジンでのブログも七月の頭で止まっている。

ブログについては、こんなはずではなかった。引き受けた当初は、書籍の制作過程のことでも綴れたら、と考えていた。それなりに書く気はあったのだ。でも、いざ、本のことをブログに書こうとすると、なんだか無性に恥ずかしい。なぜかわからないけれど、私は、本を出版することに恥ずかしさ、照れくささを感じてしまうのだ。

そういえば、最近、対談記事に添える写真を撮ってもらったのだが、そのときも恥ずかしかった。恥ずかしくて、恥ずかしくて、無事、撮影は済んだものの、写真の笑顔は―余裕などではなく―どう見ても照れ笑いだ。

自分の書いたもの、自分が写っているもの、本当は自分自身の存在にさえも、私はいつもどこか恥ずかしさ、照れくささを覚えている。ゴダールの映画に、恥という概念が人間の行動の枠を決める、というような台詞があった。その通りだと思う。私はいろいろ恥ずかしい。自意識過剰と言われればそれまでだが、あれもこれも恥ずかしい。恥ずかしいと感じるがために、小さい人生を送っている。ゴダール流に言うならば、小さな枠の中で生きている。