「あ~、納豆発見!」かごの中にバナナの葉を敷いて、その上に山盛りの納豆。豆が小さい。ささげ豆の一種でホースグラムという豆で作った納豆だ。さっそく買って試食。豆がちょっと固くて、ねばりが少な目だが、立派な納豆である。ああ、醤油ほしい‥。
ここはビルマの南シャン州アウンバン。南シャン州のインレー湖周辺では五日市という、五日おきに立つスペシャルマーケットが各地である。その日には、シャン、ダヌー、インレー、パオ族など近隣のさまざまな少数民族の人たちが農作物や、加工品を持って集まり、大変なにぎわいを見せる。
シャン州に着いて3日目、カローの町から10キロほどのアウンバンという町で五日市があるというので、やってきたところ。カローの町の常設市場もかなり充実していたのだが、これはすごい。アウンバンの常設市場の中だけでなく、周辺の通りにどんどん店が出て巨大市場が出現しているのだ。もちろん道端にシートや布を敷いての店開きがほとんど。
この市場では、生の納豆もちらほら売っているが、納豆を潰した加工品を売っている店の方が断然多い。加工品は大きく分けて二つあり、薄いせんべい状にしてカラカラに乾燥させたものと、半生ぐらいのクッキー状のもの。クッキー状のものも生納豆もペー・ポウッ。これはタイ北部やラオス北部でもよく調味料として見かけるものだが、この二種を含めた納豆は、タイやラオスよりずっと生活に溶け込んでいるよう。そして、調味料として使うだけでなく、料理の素材としてもよく使うのだ。
パオ族の濃い藍染めの民族衣装を着たおばちゃんから、クッキー状納豆を買う。木の葉の模様に線が引いてあって、可愛い。スープに味噌のように入れたり、焼いたり揚げたりして食べるものだが、そのままでもけっこうウマい。この豆は大豆かホースグラムか? う~ん、食べてみた感じ、時々残っている粒が固いのでホースグラムかな。
後日、インレー湖のほとりのニャウンシュエでビルマ伝統料理食堂リン・タットに入り、豚肉やトーフ(ひよこ豆とうふ)のカレーを注文した。カレーというが、ビルマ料理の油煮込みヒンである。ヒンにはもれなく、白飯、茹で野菜のンガピ・ソース添え、何種類かの小皿料理が付く。その日の小皿料理は、小魚のカリカリ揚げ、炒りピーナツ、魚のでんぶみたいなふりかけ、そしてうすい藤色のペースト、納豆の味のするカリカリのふりかけ、の5種。
「あ~、納豆味! サクサクだよ、これ」「ごはんに合う~」他の小皿もどれもすばらしいが、旅の友たちは納豆ふりかけに夢中である。納豆ふりかけは、豆の形があるものではないので、どうやら納豆を潰して作るクッキー状納豆を切って細かくしたものを油で揚げたもののようだ。それにニンニクやトウガラシ、シャロット(小さい赤玉ねぎみたいなもの)を刻んでカリカリに揚げたものが入っている。塩味調整はビルマの魚醤ンガピイエーで。
日本に帰って、クッキー状納豆を油で揚げてみたら、あの味に近づいた。タイ北部で売っているクッキー状納豆はこれまで何度か食べてみたが、どれも味の素がてんこ盛りに入っていて、塩味もきつく、こんなおかず的な食べ方は無理だった。う~ん、これはいい。
日本の納豆は、いわゆるかき混ぜてそのまま食べるほかは、‥あれ、考えてみたら、うちでは納豆はご飯にかけて食べる以外の方法では食べないぞ。でもクッキー状納豆は、揚げたり炒めたりすれば色々使えそうである。日持ちもするので次回たくさん買ってこようっと。
友人たちと納豆ふりかけですっかり盛り上がったところで、小皿料理の薄紫色のペーストをちょっとなめてみた。ペーストには根ニラとピリッとした緑色のハーブが刻んで入っている。おお、これは!
「これは‥なんだか分かんないけど、うまいっ」「どれ、ああ、んまい。日本酒に合うな」「いや、泡盛か」「豆腐ようみたいな味もする」「レバーペーストみたいな味もする」何なんだ、このおいしいペーストは! 発酵しているのは間違いないが、食べたことのない味である。
ビールのお代りの時に、さっそく店のお兄さんにこれは何か聞いてみた。すると、「ペー・パチン。英語で言うと‥ビーンズ・ピクルス」とのお答え。豆のピクルス‥? ピクルスというのはもともと水キムチのように乳酸発酵させて野菜を酸っぱくするものなので、たぶん、発酵させているという意味かな。お茶の葉の漬物のことも英語表記では「ティーリーフ・ピクルス」だし。
「え、豆なの?」「豆ペーストを発酵させたものらしい」「いや、発酵させた豆をペーストにかも?」
この後、もう一度リン・タット食堂に行ったがペー・パチンはなかった。かわりの漬物もこれまたうまかったが、ペー・パチンの正体は謎のまま日が過ぎた。
ニャウンシュエからヤンゴン経由でバンコクへ帰る日、最後にもう一度市場に行くと、大変な人出だった。出ている店も多い。やった、ニャウンシュエ市場の五日市の日だったのだ。これまで、常設市場では見かけなかった糸引き納豆やさまざまなもち菓子、黄色いひよこ豆とうふの生、その揚げたての和え物、芋がら、乾燥おかき、などなど、バラエティ豊かなこの地方の産物とスナックが所狭しと並んでいる。
一緒に市場にでかけた友人のタナカと、切り分ける前の大きな塊のひよこ豆とうふを眺めていたら、店のお姉さんが味見しろとかけらをくれた。生でも食べられるのか、と口に入れてみると、卵豆腐のような味で、もっちりとお菓子のウイロウのようでもある。「わさび醤油で食べたいっ」と、今夜そのまま日本まで帰るタナカはさっそくご購入。インレー湖のほとりで買ったこの地方のお買いもの竹籠を入手しているタナカは、それに入れて帰る~と満足そうである。
ニャウンシュエの市場では、生の豆も売っているが、炒り豆も大量に売っている。味見してみたら、小粒大豆の炒り豆もピーナツも本当においしい。素朴で滋味深い味だ。野菜も美味しいし、このあたりはまだまだ農薬や化学肥料を使う量が少ないのだろう。
アウンバンで見かけた小さな白い乾燥豆がほしくて探していたら、一軒だけやっと売っていた。エバミルクなどの空缶でカップ一杯いくら、で計って売ってくれる。ふとみると、横にうす紫色のペーストが籠に入って置いてあった。
「ンガピ(小エビや小魚の発酵ペースト)? でも、豆屋で魚‥?」「これ何?」と聞いてみると「ペー・パチンよ」とおばちゃん。うお、これが、豆の発酵ペースト、ペー・パチンか!さっそく端っこの方からちょっと取って舐めてみた。
「‥生っぽい」「ありゃ、ほんとだ。生だね」まだあまり発酵していないのか? 発酵臭はある。しかし、これは、生の豆ペーストだ。とりあえず、バナナの葉できれいに梱包されたものふたつで50チャットを買ってみる。何の豆から作るのか、どうやって料理するのかなど謎のままだが、日本へお持ち帰り。
はたして日本でリン・タット食堂のペー・パチン料理の再現ができるのでしょうか。帰国して冷蔵庫に入れておいたペー・パチン、花粉症の大爆発で倒れている間に、ちょっと匂うようになってきた。そろそろ、料理してみる‥かな。