アジアのごはん(42)マカロニサラダと塩麹

森下ヒバリ

塩麹というものが、万能調味料としてけっこうブームになっているらしい。たまたま入ったスーパーの棚に「みやここうじ」があるのを見つけて、バンコクの日本語フリーペーパーで塩麹が紹介されていたのを思い出した。そうだ、日本に帰ったら作ってみよう、と思っていたのだった。

しかし、麹を起こすには60℃の温度が必要で、料理用温度計が必要だろう、温度管理が面倒じゃないかと思い込んでいて、買ったはいいがしばらく放置していた。半生状態の「みやここうじ」は常温で長いこと置いておける。塩麹のレシピを別の本で見たら、塩麹を作るには水と塩を混ぜるだけでいいとあった。なんだ、きっちり60℃のお湯じゃなくてもいいのだな、と気を取り直してさっそく塩麹を仕込んでみた。

塩麹の作り方はかんたんである。乾燥麹のみやここうじの場合、一袋200グラムをもみほぐし、60℃以下のお湯か水300〜400cc、塩60グラムをよく混ぜる。お風呂の熱いお湯で45℃ぐらいだから、と指を入れてもだいじょうぶな熱さのお湯でやってみた。深めのタッパーやガラス容器などに入れ、室温で熟成させる。溢れることがあるので、容器ぎりぎりまで入れずに、ふたもきっちり閉めないこと。2〜3時間保温するとベター。その後は常温で置いて一日一回かきまぜる。

毎日、かき混ぜるときに匂いをかぎ、少しだけなめてみる。三日目ぐらいから甘い香りがほんのり漂ってきた。よしよし、おいしく育つんだよ〜と可愛がりながら熟成を待つ。夏では一週間、冬では十日から二週間ぐらいでとろっとして甘い香りがして、麹の米粒の芯がなくなれば、出来上がり。冷蔵庫で保存。三か月〜半年は持つようだ。

見た目は甘酒の濃いようなもので、いかにもおいしそうである。しかし、塩がたくさん入っているので、なめると塩辛い。塩辛いだけでなく、ほのかな甘みとうまみがある。ふむふむ、これは使えそう。使い方は、うまみのある塩として使えばいいということなので、まずはきゅうりにまぶして食べてみた。む、おいしいぞ。これをまぶして一晩置けばもっとおいしいに違いない。キャベツ炒めに塩の代わりに仕上げに入れてみた。「あれ、このキャベツ炒め、チーズでも入っているの?」何も知らない同居人がふしぎそうな顔で尋ねた。おお、チーズを感じさせるコクが! かすかにだけどね。

いろいろ塩麹を料理に試してみているうちに、塩麹はタイの魚醤油であるナムプラーに性質がちょっと似ている、と思った。ナムプラーというのは、大豆の醤油とはうまみの量と質がずいぶんちがう。うまみ成分が多く、強い塩味だ。炒め物などの味付けのメインとして使うとたいへんおいしい。一方で、隠し味にちょっと使うと、素材の味を損なわずに、料理の味をぐっと持ち上げてくれるのだ。

この塩麹は完璧な植物性だから、うまみのある調味料としてベジタリアン料理に使えば、とても重宝するだろう。もちろん合成化学うまみ調味料のような害も、いやな味もありません。肉を減らしたい人にもいいね。

昼食にスパゲッティを作ろうとして、マカロニサラダが食べたくなり、ペンネがあったのでスパゲティといっしょに鍋に放り込み、茹でた。ペンネは切り口が斜めで表面にすじすじの付いているショートパスタだ。マカロニのつるっとした感触はないが、まあ似たようなもの。というか、筋がある分、味がからみやすい。スパゲティを食べてから夜のためにサラダを仕込む。

茹でたペンネにおいしいオリーブオイルをまぶして冷ましておく。にんじんはごく細い千切り、きゅうりは2ミリぐらいの輪切りにして、塩でさっともむ。たまねぎはごく薄くスライスして刻む。なくてもいいけど、ツナ缶が半分残っていたので混ぜる。冷蔵庫にあったひよこ豆と白福豆のピクルスを漬け汁もいっしょに大匙山盛り一杯。レモンを絞り、黒胡椒を少々、マスタードを小さじ一杯。マカロニサラダというと、やはりマヨネーズ味でしょ。ここで、マヨネーズを入れて和えるのだが、量は控えめにすること。すべての塩味をマヨネーズでつけてしまうと、素材の味が隠れて、マヨネーズ味しかしなくなってしまうのだ。マヨネーズは全体の塩分バランスの半分ぐらいに抑えておくといい。ちなみに愛用のマヨネーズは松田のマヨネーズです。いつもはここで、味を見て塩を加えるのだが、おお、そうだ塩麹があったじゃないか。ちょっとクリーミーな感じもいいね、入れてみよおっと。大匙一杯半投入して・・混ぜ合わせて冷蔵庫で冷やす。むむ、いつもに増して、マカロニサラダがおいしいい! 使えます、塩麹は。夕食でマカロニサラダを同居人と奪い合いながら、確信したのであります。これは隠し味として大成功。

塩麹はそのまま茹で野菜に和えたり、炒め物に入れたり、浅漬け風にきゅうりやピーマンにまぶして何日か置いたりするほか、味噌漬けや粕漬けみたいに魚や肉にまぶして何日か置いて焼いたり煮たりしてもいいようだ。さまざまな利用法やレシピがネット上に公表されているし、本も何冊か出ているので興味のある方はどうぞ探してみてください。

麹のうまみは、お米のでんぷんをコウジカビが発酵の力で糖やアミノ酸にかえたものだ。おいしくて栄養たっぷり、腸の調子もよくなるといいことづくめ。麹というものには、加工品として味噌、醤油、酒、みりん、酢と基本調味料を中心に常日頃たいへんお世話になっているわけだが、どうしていままでこういう調味料としてのダイレクトな使い方が広まってこなかったのだろう。まあ今の時代、醤油や酢はともかく、味噌だって手作りする人はあんまりいない。こうじを売っている店も少ないし。味噌はヒバリも一時作っていたこともあるのだが、最近は仕込んでいない。台所のテーブルの下半分が何年分かの梅干と果実酒のビンやカメで占領されている現状では、仕込んでも置き場所がない・・。あ〜、漬物小屋がほしい!

漬物小屋はともかく、塩麹作りには手間も場所もいらないので、ぜひお試しあれ。塩麹をかき回していると、なんだかペットを育てているような気もしてくる。よしよし、とかあやしながら(一日一回ですが)かき回してあげてね。