アジアのごはん(48)口の中の金属

森下ヒバリ

七月から新しい歯医者に通い始めたのだが、二回治療したところで、タイへ来るために休止中だ。この歯医者は、金属アレルギーに配慮してくれるところで、初日にさっそく、いちばん違和感を感じていた差し歯に近いような歯を外してもらった。

すると、すっきり気持ち晴れ晴れで、歯医者を出てから三軒も寄り道して買い物に走り、その後三日間はハイテンションで元気にあふれていたのである。二回目に差し歯の芯を樹脂にして仮歯を入れたとき、「前回はずしてどうだった?」と先生に聞かれ、「三日間すごく元気でした!」と答えると「三日だけか〜」と笑われた。

金属アレルギーがあるのではないかと、思い始めたのは長年はめていた銀の腕輪やピアスが気持ち悪くなった五年ぐらい前のことだが、歯の治療に使う金属のことまではあまり考えていなかった。

食物アレルギーは、乳製品とか大豆とかいろいろあるが、食品に含まれる金属によってもアレルギーが引き起こされるということも知って、どうもそちらの反応もあるかもしれないと疑いを持っていた。ナッツや豆の皮、胚芽などには金属が多い。

学生時代からたいへんな肩凝りで、これがなくなったら人生はどんなに素晴らしいかといつも思うほどなのだが、いろいろ体操をしても治らない。頸椎がゆがんでいるのかというと、そんなこともない。緊張する体質だからなのか。

首筋があまりに張るので、歯が悪いのが原因かと歯医者に通い、治療するが治らない。治療した歯も違和感いっぱいで、ぜんぶはずしたい(泣)。歯の金属の詰め物がよくはずれる。タイやラオスで主食のモチ米・カオニャオや固い肉など噛んでいると外れてしまうのだ。日本でそのころの歯医者の先生に「キャラメルとか食べちゃダメ」と怒られたが、いえ、モチ米なんです、と言っても通じない。

しかし、タイ人やラオス人が歯の詰め物をしょっちゅうはずすとは聞いたことがないし、わたしよりモチ米好きの友人も外している気配はない。もしや、モチ米が悪いのではなく、わたしの体が詰め物を拒否しているんじゃないのか?

そう思い始めたころ、バンコクでたまたまOリングテストに長けた友人と一緒にご飯を食べていたとき、がきっと口の中に違和感がしたと思ったら、また詰め物が外れた。Oリングテストは指で作った輪が開くかどうかで体の反応を見るテストで、たとえばある薬がその人に合っているかとかが分かる。

「これが体に合っているかどうか、チェックして〜!」たったいまはずれた詰め物を、店先で人目をはばからず友人にチェックしてもらうと、やはり合ってない。しかも首筋の凝りにかなり反応した。あ〜。

日本に帰って、金属アレルギーで検索してみると京都にもいろいろな歯医者があった。セラミック至上主義みたいなところも多い。セラミックも夢の素材ではないし、ふと思いついてOリングテストで検索すると、あるじゃないすか。Oリングテストで体に合う素材を探して治療してくれるという歯医者さんが。

だいたい医療保険のきく金属は体質に合わない以前に人体に有害な金属ばかりなのだという。金属アレルギーじゃなくても、体は苦しんでるわけだ。保険外ということは、つまり、かなり治療費はかかるかもしれないが、この口の中の違和感と肩凝りが治るなら、貯金をはたいてもいいです。

と、決心してその歯医者さんの住所と電話番号をメモし、ボードに張ったものの、とくに痛くもないのになかなか歯医者さんに電話する気にならない。歯医者は子どものころからずっと苦手だ。

来週、来月とのばしのばしにすること半年。近所の自然食喫茶を営む友人が、「すごい歯医者にこの間から行ってんねん、金属の芯の入った歯をはずしたら、もうすか〜〜っとしたわ」と満面の笑みでいう。もしや、その歯医者さんて・・。その日のうちに先延ばしにしていた予約の電話をかけた。ちなみにその友人も首筋の凝りは相当なものを抱えているが、金属アレルギーではありません。

というわけで、二回治療したところで、タイへ来るために治療はお休みなったわけだが、八月のバンコクの気温は33℃から35℃と、じつは日本よりちょっとだけ涼しい。雨季といっても基本はスコールで、一日降り続くタイプではないから、そんなに湿気もない・・はずだったのだが、バンコクに来てみると雨が多くて、湿度が高く、実際の気温より暑く感じるではないか。こんなはずじゃなかった。そう、夏のタイへの旅は避暑(の、つもり)なのである。

こんなことなら、関西電力本社前のデモにも行って、歯医者に通いつめればよかった。いやいや、京都のアパートにはクーラーがないからあのままいたら熱中症で倒れるかもしれないし、とデモや歯医者より旅を選んだのではあるが。じつはかなり真剣にタイに来る前に旅をやめて、歯医者に通おうかと考えた。それほど、歯医者に通うのが楽しみでしょうがない。今まで生きてきて、初めての気持ち。