アジアのごはん(52) 半熟目玉焼きのユーウツ

森下ヒバリ

毎年、二月三月はずっと旅に出ていて日本にはいない。そんな暮らしを続けて長いが、今回おそらく十年ぶりくらいに、二月末の日本にいる。どうしてもはずせない用事があって八日間だけ日本に戻ってきた。短いとはいえ、雪は連日降っているし、pm2.5は飛びまくっているし、もうこちらの体調はめちゃくちゃである。寒いうえに、気管支はやられ、鼻水はだらだら、頭が重くてヘロヘロ。二度とこの時期に帰ってこないぞ‥。

インドを旅して、いったんタイに二日間戻ってから日本に戻ってきたのだが、タイに着いて気をゆるめた途端、インドで何ともなかったお腹があっさり崩壊した。原因は、食堂で食べた鶏肉バジル炒めのせご飯(目玉焼き付き)である。バジル炒めは好物のひとつなので、タイに戻ってすぐの昼ごはんにチョイスしたわけだ。死ぬほど辛かった。でもこういう味に飢えていたので、半熟の目玉焼きを崩しながら混ぜて無理して食べたのがいけなかったのだ。

バジル炒めという料理は、鶏肉や豚肉、シーフードなどを、生のバイカパーオ(ホーリーバジル)と炒め合わせ、中国醤油やオイスターソースなどなどでこってり味付けしたものである。唐辛子とニンニクをたっぷり加えるのがポイント。ご飯の上にかけて、半熟の目玉焼きを崩して混ぜながら食べるのが極上の食べ方だ。

一緒に同じメニューを食べた連れ合いは「え? お腹、何ともないで」。ということは‥。「君の目玉焼きはどうだった?」「あ、スックでした」スックというのは完全に火が通っているという意味。つまりとろ〜り半熟目玉焼きではなかったということだ。なぜ二個同時に作って、ひとつは半熟でひとつは完熟なのか‥。半熟目玉焼きに当たってしまったわが身の不運を呪う。

じつはタイでは、卵は生ではけっして食べない。この暑さで、流通時にも冷蔵もしないので卵には大腸菌が多い、ということで食中毒の原因になるからである。なので、納豆に生卵などという日本人好みのメニューは、タイ人には信じられない食べ物である。タイで生卵を食べたいときは、日本食スーパーなどで「生食可」と表示された高級卵を入手しなければならない。

それはようく分かっていたが、どうも目玉焼きの半熟に関してはガードが甘かった。一度高温の油の中に泳いだ卵ならば、半熟でも大丈夫だろうとずっと思っていたのである。これまでも半熟の目玉焼きはよく食べていた。しかし、今回は食べている途中で、たしかに何かもう食べたくない‥と思ったのも事実。この身体の反応に素直でいなくてはならなかった。まあ、半熟というより、黄身は限りなく生に近かったが‥。

まず、食べてすぐに胃がもたれてきた。しまった、と思ったがもう遅い。このもたれはたくさんの唐辛子とバジルの葉っぱのせいだ。胃が弱っているときに、本当はバジルを食べてはいけない。消化が悪いのだ。胃がむかむかしているうちに、夕方になると今度は下した。それからは、水のような‥。途中で吐いた。

神業のような食中毒の薬、メディカルチャコールをすかさず飲んだが、ちっとも効かない。「おかしいな。それほど重篤な症状でもないんだけど」。このメディカルチャコールというのは、活性炭タブレットである。どういうわけか日本では売っていないが、食中毒の解毒に大変な効き目がある薬だ。日本では市販されていないのに日本の病院の救急治療の現場では使われているらしい。

「も、もしかして、今まで飲んでいたのはタイのジェネリック薬ってことあるかな?」「あ、そういえばいつもよりかなり安かった」「え、これ効かないんすけど!」壊れたお腹のまま日本に戻って、備蓄していたドイツ製の活性炭タブレットを飲んだら、するするとお腹は治ってしまった。すばらしいぞ、メディカルチャコール(ドイツ製)!

タイの薬局で買うとき、ドイツ製のものと形が同じだったので、てっきりドイツ製と思っていたが、そういえば払ったお金は安かったもんな。じっくり見ると、やはりタイ製ジェネリック薬であった。これ、もしや活性炭でなく、ただの炭の粉末だったりして。

メディカルチャコールを食中毒の初期に飲むことができれば、ノロウイルスなどで亡くなる人がずいぶん減ると思うのだが、どうして日本では売っていないのだろう。海外に行く人はぜひ、ドイツ製やアメリカ製のメディカルチャコールを入手して、家庭に備蓄しておいてはいかが。のどにひっかかりやすいので、水で飲むとき一度口の中で水に少し浸す感じで、ひと呼吸おいてのみ込むのがコツ。1回に3〜4個。1日3回ものめば症状は治まる。活性炭が細菌や毒素を吸収してくれるのだ。副作用は一切ありません。あ、出てくるものが炭で真っ黒になりますが、ご愛嬌ということで。

少し落ち着いてきた呼吸器系の調子が、またひどくなってきたので、ふと検索して京都府各地のpm2.5の計測値の一覧を見てみたら、見事にヒバリの体調の悪かった日の数値が突出していた。その数値も、国の環境基準の1日平均値35μg/m3どころか、20μg/m3を超えた日すべてで具合が悪いのである。甘すぎだろう、この環境基準。横のラジオからは北京の数値は350μg/m3などという想像を超えた数値がニュースで流れてきた。中国は原発事故やダム崩壊などでより、先にpm2.5で崩壊するのではないか‥。

表だって症状が出ない人にも、このpm2.5が影響を及ぼしていることはまちがいないので、みなさん外出するときは高機能マスクをつけて下さいね。今回、普通のマスクでは全く効果がないので、一袋だけ買い置きしてあったモースガードという高機能マスクをつけたら、ずいぶん楽だった。ただし、けっこう息苦しいのが悩みの種だ。ガスマスクみたいなのよりは見た目に違和感がないので、いいのだが、いやはやまったく。四月に戻ってきたら、これに黄砂が加わって目も頭も痛くなるかと思うと今から気が重い。