アジアのごは ん(30)ダージリン紅茶と水 その2

森下ヒバリ

紅茶をおいしく飲むために、水についていろいろ研究してみた。タイのバンコクであれこれミネラルウォーターやボトルドウォーターを買い込んで飲み比べてみたように、日本でもいろいろな水で紅茶を入れて飲んで見たのである。

日本で市販されている水は、すべてミネラルの含有量、硬度、phが明記されている。これはいい。なんせ、タイで市販されていたものには、皆無、といっていいほどデータが表記されていなかった。だから、硬度が200mgとか300mgの高いものなら、ああこれは硬水、とさすがに味で分かりはするが、正確なところは憶測でしかなかったのだ。ちなみに硬度というのは、水の中に含まれるカルシウムとマグネシウムの量から計られる。含有量が多いと硬水で、少ないと軟水である。

バンコクでダージリン紅茶を入れて、最低の味だったフランスのエビアンは、日本で調べたら硬度304mg、ph7.2、しかもミネラルの中でもカルシウム含有量が突出して多い鉱泉水、ということが分かった。なるほど。同じフランスの水でも日本で最近人気のボルヴィックは、硬度60、ph7.0の軟水である。これで紅茶を入れると、だいたいおいしく入る。飲んでも日本の水と同じようにすっきりまろやか。

日本の水は、基本的に軟水である。軟水はミネラルの含有量が少ない、クセのない水だ。硬度120mg以下のものを軟水と呼ぶが、飲んでおいしいのは20mg以上のものだろう。紅茶もいろいろ試したが、硬度20mgの水では味のバランスが悪くなることもある。硬度100mg以上になるとこれまたバランスが悪くなる。紅茶によっても多少違ってくるのだが、ダージリン紅茶をストレートで味わうなら、硬度20mg〜100mgの水でなくてはならず、硬度40mg〜60mgがベストではないかと思う。phも7ぐらいの中性がいい。ダージリン紅茶の持つ香り・渋み・苦味・甘み、そしてコクがバランスよく抽出される。

で、日本の水道水の硬度であるが、じつは40mg〜60mgの硬度の地域がほとんど。例外は沖縄本島の一部(硬度が高い)、名古屋、広島(低い20mg)、そして山がちな地域(低い)など。水道水をちゃんと浄化して塩素や毒素を取り除けば、かなり理想的な紅茶用の水になるのである。

もちろん、水道水も地域によってずいぶん質が違う。近年は浄水場を出るときの水道水の質はかなり向上しているのだが、各家庭の水道管が錆びていたり、鉛管のままだったりすると蛇口から出る水の質はかなりひどいことになっている。もとの原水の質がよければ塩素の量も少ないので、蛇口から出る水をそのまま飲んで、おいしいという地域に住んでいる人がうらやましい。

飲んでおいしいけれど、紅茶にあまり向かないのが、いわゆる鉱泉水である。さきのエビアンもそうだが、タイのオーラーもそうであった。鉱泉水は体にはいいが、硬度が高く紅茶には向かない。日本の水は軟水がほとんどで、硬水は飲みなれていないためか、市販されているミネラルウォーターも断然軟水が多い。タイで売られているのは輸入品もすべて硬水であった。ヨーロッパなどでも軟水を探すのはむずかしいかもしれないが、フランスのボルヴィック、ドイツのクリスタルガイザー、カナダのウィスラーなどは軟水なので、憶えておくといいかも。

じゃあ、硬度の高い水しか手に入らない場合はいったいどうしたらいいのか? これこそ、ヨーロッパやインド平地の人々の切実な問題でもあろう。では、ヨーロッパでは紅茶はどのようにして飲まれているのか? インドでは? 

答えはミルクをたっぷり入れる、スパイスやフレーバーをつける、である。ストロングタイプのセイロンティーやアッサムティーにミルクをたっぷり加えれば、まろやかになり、硬水で入れてもけっこうおいしく飲める。欧米人の好むアールグレーやラプサンスーチョン、ジャスミンなど日本人からすれば、なんでこんな強烈な香りをわざわざつけるのか、というフレーバー紅茶も、硬水で入れればバランスがよくなるように作られているのである。

今では、お茶の中でもとくに紅茶党なわたしだが、以前は紅茶の入れ方はむずかしいと思っていたし、ミルクを添えて飲むという飲み方に面倒くささも感じていた。それほど紅茶がおいしいと思ったこともなかったのである。

あるとき日本の水俣で作られたオーガニック紅茶に出会って、紅茶に対する偏見がすーっとなくなった。水俣の紅茶は、イギリスの会社の製品と違って、まろやかでやさしい味であった。ミルクを入れるよりも、ストレートで番茶のように飲むのがおいしい。番茶のように、二煎目もおいしい。ストレートで飲むと、紅茶の味がよく分かる。繊細で、豊かな、あきのこない味。毎日飲みたい味。

紅茶というのは、ミルクや砂糖を入れて、優雅なカップで、ケーキと楽しむだけのものではなくて、本来は番茶のようにごくごくと飲むものじゃないの? だいたい、毎日ケーキは食べないし、ミルクも飲まないしなあ。気候風土、そして水の質の違う日本でヨーロッパのような飲み方にこだわる必要はないやん、と水俣の紅茶を飲みながら気がついた。ヨーロッパの紅茶会社の紅茶がきついと感じていたのは、ミルクを入れるのが前提であるためのブレンドだったからか。

以来、旅先ではミルクたっぷりのあま〜いチャイも飲むが、日常の紅茶はストレートで楽しむようになった。というか、わが家では朝のコーヒー以外は、食後も午後のお茶ももっぱらストレートの紅茶になっている。

ストレートで味わっておいしいのはもちろん、なんといってもダージリン紅茶である。このダージリン紅茶をストレートでじっくり味わえるのは、軟水のおかげなわけだが、世界で軟水の地域はそう多くない。ああ、ありがたや。

紅茶を入れるのが、なんとなくむずかしいと感じるのは、紅茶はその茶葉によって適量や蒸らす時間などが微妙に異なるからだと思う。同じように入れているつもりでも、うまく入らない・・、という人におすすめしたいのが、コーヒーサーバー用の耐熱ガラス製のポットを使って入れる方法。共用すると香りが移るので、紅茶専用にしてください。

ガラスポットを使うと、紅茶の状態がよくわかり、水色も確認できる。ダージリン紅茶を熱湯に入れると、茶葉は沈まずに浮いたままで、やがてお湯はきれいな茶色になってくる。葉っぱがひとつ、ふたつ沈み始めたら、もうかなり濃い。沈まないうちに味見してみて、好みの味のときの色や葉っぱのようす、時間を覚えるのである。お湯の量がこれくらいだと、茶葉の量はこれくらい、というのも覚えられる。

ダージリン紅茶は沈まないが、アッサムやセイロン紅茶の葉っぱは、沈んで上がって、沈んでといわゆるジャンピングをする。これを眺めるのも楽しい。ジャンピングが収まったら、飲み頃である。

この耐熱ガラスのポットは、最近は直火不可と表示してあるけど、品質は以前と同じなので自己責任で直火可。持ち手が火にかからないのを選ぶこと。ポットの底が濡れた状態で火にかけないこと。これでお湯を沸かして火からおろし、そこに茶葉を投入するのが、一番いい。やかんでお湯を沸かして、このポットに茶葉を入れてお湯をそそいでもいいけれど、とにかく熱いお湯が大切。でも、ぐらぐら沸いているところに茶葉を直接入れてはいけない。濃く入りすぎたら、お湯を足せばいいし、ミルクティーにしてもいい。蒸らし時間が短かったら、もう少し待てばいい。ダージリン紅茶は、二煎目もおいしい。質がよければ三煎目もそれなりに飲める。

紅茶に限らず、お茶をおいしく入れるためには、茶葉を観察して、調整することが必要なのだ。茶葉はそれぞれ違うので、封を切った茶葉を出したら、まず基本の方法で入れてみて試してみる。お茶の気持ちになってみる。
香しき紅茶を飲むときだけでなく、茶葉を取り出したとき、お茶に熱湯を注ぐとき、お茶が愛おしく思えるようになれば、あなたもりっぱなティーラバー。