アジアのごは ん(35)タイの薬草ガオクルア

森下ヒバリ

いきなり来ました、更年期。

いや、正確には数年前からいろいろ兆しはあった。タイの暑さに弱くなり、熱中症になりやすくなった。頭がのぼせる。穴三つ開けていた耳のピアスがかゆくなり、はずした。二十年来寝るときもずっとはめていた何本もの太い銀の腕輪もかゆくなり、細い一本を残してはずした。ときどきくらっとめまいがする。なんだか怒りっぽい。しかし、若い頃から、のぼせやすい、めまいがしやすい、気が短い、生理不順などなど、もともと更年期のような女であったので、なかなか気がつかなかったのだ。

今年に入って、妙に同居人に腹が立つようになった。ささいなことが許せない。もう別れようかと真剣に考えた。怒りが収まらない。どんどんどんどん怒りがわき起こる。怒りは怒りを呼び、ヒステリー状態になる。ぐるぐる、ぐるぐる、怒りのスパイラルである。去年からずっと仕事が忙しかったので、そのストレスのせいだと思っていたのだが、仕事が一段落しても、こころがざりざりとしている。仲の良い友だちにも何か不満がつのる。気持ちが殺伐としたまま戻らない。

五月のある朝、ふとんのなかで半分目覚め、半分眠った半睡状態のとき、はたと気がついた。半睡状態というのは、わたしにとって、気持ちのいい至福のときであり、いろいろなイマジネーションが浮かんでは消える創造的な時間でもある。というのに、理由もなく腹が立っているではないか。怒りがふつふつ沸いてくる。誰も彼もが許せない、もう、世界が許せない。なぜ、こんなに怒りが沸いてくるのか? これはさすがにおかしいぞ。ヒバリは気が短いとはいえ、こんなヒステリー女ではなかったはずだ。あ、も、もしかしてこれが、更年期、更年期障害の症状かも!

いろいろ更年期障害について調べてみると、なるほど、今の状態はぴったりだ。年上の友人たちが更年期の症状として一番にあげていた「ホットフラッシュ」という、いきなり体中が熱くなる、というのは起こらなかったが、こころのざりざり感もヒステリーも暑いとのぼせやすいのも、肌が過敏になったのも、めまいがひどくなったのも更年期障害だったのか。閉経が近づき女性ホルモンが減ることに、脳がついていかず体や感情にトラブルが出るというのである。

五つ上の友達に電話で聞いてみた。「更年期障害? あ〜ホットフラッシュが出たよ」「それで、どうしたの」「ウン、三日で終わった」だめだこりゃ。ネットで調べてみると、更年期障害に漢方や大豆イソフラボンがいいという。タイの薬草ガオクルアもいいという。生活に支障をきたすほどの人は病院でホルモン治療を受けるといいらしい。

「ガオクルア?」そういえば、去年、なにか暑さに弱くのぼせやすくなったということをタイ在住の薬草にくわしい友人に相談したら、「ガオクルア」を勧められ、カプセルをひと箱入手していたのだった。のぼせにはあまり効果がなかったようなので、ちょっと飲んで忘れていた。さっそく棚の中を探して、一錠飲んでみる。しばらくすると、あれほど胸に巣食っていたわけの分からない怒りがするすると消えていくではないか。え、こんなんでいいんですか!? 箱をよく見ると、一日一錠、食後と書いてある。食後だから一日三錠だな、と勝手に解釈してガオクルアをしばらく飲んでみた。ヒステリーは起きない。こころもざらざらしない。めまいやのぼせは少し起きたが、こころはいたって穏やかである。素晴らしいぞ、ガオクルア。

「ガオクルア」とはいったい何なのか。ガオクルア(学名プラエリア・ミリフィカ)はタイの山間部に生えるマメ科の葛の一種の植物である。根に出来る芋を食べたり、精製して薬用にする。タイ北部の山岳民族の間では更年期障害や女性の健康を保つ薬として長年愛用されてきたという。タイではカプセル状になったものが自然食品店などでサプリメントとして売られている。植物性エストロゲン、女性ホルモンに近い働きをする成分を含むため、更年期障害に効くのだが日本ではむしろ「胸が大きくなる薬」として有名かもしれない。植物性の女性ホルモン、自然の薬、副作用なしなどというキャッチフレーズで豊胸クリームやカプセルでけっこう高価に売られている。

そういえば、なんだか胸が・・。女性ならお分かりだろうが、生理前の胸が張る感じである。これを大きくなると言っていいのかどうか、疑問だが、まあハリがあるのはいいことだ。しかし、胸が張るというのは、それだけ女性ホルモンに似た成分が働いているということでもある。やっぱり一日三錠は飲み過ぎかもしれないなあ。ヒステリーが不安でつい多めに飲んでしまったが、冷静に解説を読めば一日一錠だ。

手持ちのカプセルも尽きるので、タイの薬草に詳しい友人のマーシャに頼み込んで、質のよいガオクルアを送ってもらうことにした。一日一錠でヒステリーにはほぼ充分なようだった。マーシャは快医学の徒でもあり、この夏タイに行ったときに、何種類かある質のよいガオクルアのカプセルを、どれが体に合うか、どれぐらい飲んでもいいかOリングテストでチェックしてくれた。これが一番体に合うな、と思っていたメーカーのものがやはりよく、一日二錠までOKとのこと。メーカーによって成分の含有量も違うので、やはりきついな、と思っていたメーカーのものは一錠の量が多かったらしく、一日一錠までといわれた。ちなみにどちらも解説書には一日一錠、食後に飲めとかいてある。

ついでに他の薬草サプリもチェックしてもらう。じつはタイは薬草天国。漢方や日本の薬草事情に勝るとも劣らぬ、薬草の豊富さである。カプセルになっていてサプリメントとして自然食品店で手軽に入手できるのも便利だ。

以前、タイの友人のポチャナにもらって気に入っていたランジェート、これは免疫強化効果があり、解毒作用、二日酔い、アレルギー症状の緩和に効果があるという。これも体に合っている。ちょっとしんどいときや、飲みすぎのときによく飲む。先日ポチャナのうちで日本から遊びに来ていた内山さんが勧めてくれたボーラペット(イボツヅラフジ)のサプリ。そのままは苦いらしい。排毒作用があり、血液の流れをスムーズにし、解熱効果があるという。「健康維持にすごくいいから!」と力強く勧められたが、マーシャのOリングテストではヒバリにはまったく不要な薬であった。ちなみに一緒にテストした同居人にも不要。内山さん、ごめん。

ガオクルアを飲んで、更年期障害の症状がすべて緩和するわけではないが、一番困った感情面のトラブルにはすこぶる効くので、ほんとうに助かった。あのまま、放置していたら家庭崩壊、友人関係まで崩壊の危機であったろう。それにしても、あの心がざらざらする感じ、ふつふつと沸いてくる怒りの感情は、思春期の少女の頃の感情とよく似ている。自分でも持て余したほど荒れ狂ったあの頃。あれは女性ホルモンが出始めで、不安定なせいだったのか。女性ホルモンに翻弄される人生。ああ、女ってやつは・・。