メキシコ便り(14)

金野広美

日本でひところ前、消費者金融のCMで有名になったチワワ犬の原産地チワワに行ってきました。この犬はメキシコ古来のテチチ犬から交配されたもので、その小さな体で鉱山労働者を暖める目的もあったといわれています。街にはチワワ犬に似た犬や、全然似ていない大きな犬などがいたるところにねそべったり、悠然と歩いていたりで、犬の多い街だなというのがチワワの第一印象でした。チワワはメキシコシティーから北に飛行機で2時間、バスだと21時間かかるメキシコ最大の州チワワ州の州都です。今回の旅の目的はこのチワワと太平洋側のロスモチスを結ぶ全長653キロのチワワ太平洋鉄道に乗ることと、この沿線にあるグランドキャニオンの4倍の大きさを誇るといわれている海抜2400メートルの銅渓谷を見て、このあたり一帯に住む山岳民族のタラウマラに会うことでした。

朝7時、太平洋鉄道に乗り、銅渓谷の近くのクリールに着いたのが昼の12時半、とにかく遅いのです。横の道路を走る車にどんどん追い抜かれていきます。おまけに料金が高い。クリールはチワワから4つ目の駅ですが、料金は2等で389ペソ(約3890円)これで終点のロスモチスまで行くと約1万円近くかかります。もし1等だと17000円余りかかります。緑豊かな渓谷をぬうようにゆっくりと走る電車はとても風情があり、時間とお金に余裕があればこんなに贅沢な旅はないのですが、どちらかでも欠けるとちょっとつらい旅になります。だってバスだとクリールまでかかる時間は1時間短く、値段は約半分なのですから・・・・。それでも車中は観光客で満員、ゆったりとした大きな座席で車窓から見える緑をみんなぼんやりと眺めながら旅を楽しんでいました。

クリールはこのあたりの観光の基点となるところで、多くの乗客が下車しました。私もここで降り、宿をとり街にでかけました。鉄道駅を中心にした小さな街ですが、ホテルやレストラン、みやげ物店がたちならび、結構にぎわいをみせています。線路沿いには柵がなく、人々は線路の上を自由に行き来しています。そんななか、なんでも屋のショーウインドーのカセットデッキを熱心に覗き込んでいる親娘がいました。タラウマラの民族衣装のひだの多い色鮮やかなスカートをはいた娘の名はチャべラ20歳で、お母さんはレホヒア43歳でした。やはりほかのインディヘナの女性と同じくレホヒアはとても43歳とは思えず、60歳くらいに見えました。子供は8人、ここからバスで3時間のところのバランカ(断崖)に住み、毎日、民芸品を売りにくるといっていました。このあたりは、その高さ1879メートルのバランカ・デ・ウリケから1000メートルのバランカ・デ・タラレクアまでバランカが11箇所あり、朝日と夕日に照らされ銅色に輝くということで、もっとも有名なコブレ(スペイン語で銅の意味)渓谷で1300メートルです。

タラウマラはララムリ、;ララ(タラウマラ語で足の意味)ムリ(走るの意味);とも言い、70パーセントがララムリ語(タラウマラ語)を話し、人口は121,835人、主に銅渓谷を中心に住み、その語源から走る民族といわれています、ララヒッパレという15センチの木のボールを足でけりながらまる1日走り続ける競技を今も催している、世界有数の長距離走者の民族なのです。断崖の頂上あたりと、渓谷の谷間あたりを移動しながら、だいたい150人くらいの村落を形成して暮らしています。頂上あたりはりんごや桃の保存には適していますが、冬にはマイナス10度にもなります。一方、渓谷はパパイヤ、マンゴーなどが採れますが、夏には45度から50度の猛暑です。このようにあまりに厳しい自然環境のためタラウマラは半定住生活を余儀なくされてきたのです。そして、中には断崖の横穴を住居にしている人たちもいます。銅渓谷では遠くからですが、そのクエバ(スペイン語で穴の意味)といわれる横穴と前にはためく洗濯ものを見ました。しかし、今では山頂でも渓谷でもない台地(メセタ)や街中のクリールに住むタラウマラもいます。

チャべラに「カセットデッキが欲しいの?」と聞くとかすかにうなずきました。値段は358ペソ(約3580円)です。もちろん彼女の家には電気はありません。でも音楽が大好きだそうで、これなら音楽が聴けます。私が「一生懸命働けば、いつか必ず買えるよ」というと、うれしそうに小さくほほえみました。母親のレホヒアに「夫はどんな仕事をしているの?」と聞くと、「お酒ばかり飲んで少しも働かない」と困った表情をしました。私が「どうして文句をいわないの?」というと、あきらめたような表情で首を横に振りました。全員が全員ではないでしょうが、タラウマラの男は酒豪が多く、その酒代を稼ぐために働くのは女性だといわれています。これはタラウマラのクルトゥーラ(文化)だから仕方がないという人もいますが、8人もの子供を産み、育てて、毎日3時間もおんぼろバスに揺られて、作った民芸品を売りにクリールまで来るレホヒアが本当に気の毒になり、その夫を力一杯蹴っ飛ばしてやりたくなりました。