犬狼詩集

管啓次郎

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猫の尾がゆれ疾風を起こせば小石が飛んでゆく
犬の耳が寝るとき暗い嵐の雲が湧く
気象よ、気象よ
ぼくらはこうして動物たちのふるまいに教えられるんだ
馬の吐息が荒くなると寒冷前線がやってくる
むくどりが死ぬほど騒いで満月を出迎える
ねずみの活動が活発化するのは氷河期への準備
海月の全面的な浮上は洪水の確実な予兆だ
そしてザリガニの捕食行動は千年紀の祝福
動物たちのanimaが事物のanimaと重なり
世界を機械状のanimationとして上映する
ぼくらは目を丸くしてその展開と図柄に見とれる
動物主義! かれらなくしてヒトは
何も知ることができない
「今日雹が降るよ」と先生に聞かされた小学生の妹は
一面の水田に豹が降るサバンナを想像していた

  44

シトロネルの強い香りがして
何かを思い出すことが強いられる
でもその何かを言い当てることができない
追憶という野原にむかう小径を知らない
Zoeという名のシェパードを飼っていた
どこに行くにもついてきた、ぼくを守るように
あひると野鴨が入り混じる
製糖工場の湖には人造の堤があって
一方は湖、一方は海と
水を分割している
ぼくとZoeはよくその堤にゆき
打ち寄せる波と静止した水面を同時に眺めたものだ
風はいつも強く光は大きな幅をもって変化し
空はいつも広く光はいつも生命を超えていた
寝そべる犬の腹に頭を載せて
ぼくは空を見上げ回想を拒絶した