犬狼詩集

管啓次郎

  41

「何を持っている、彼は?
彼は彼が持っているものを持っている。
でも何を?」(ウォレス・スティーヴンズ)
おれがおれである以前にはなくて
いつしか所有が始まったものとは何だったのか
本能的な哲学ではなく野蛮な言語でもないだろう
日焼けした椰子の実でもなく狼の毛皮の聖書でもないだろう
おれはただ歩いた一歩のその足跡において
そのつどの小さな面積に見合っただけの経験を得た
所有とは物ではなく、そんな足跡の累積だった
持つことと失なうことの区別もよくわからないな
狂ったような力で吹きつけてくる風に気まぐれな心を飛ばすとき
そのとき「持つこと」自体が失なわれて
「すべて」がきみを丸ごと捉えることがある
星から斜めの光がさしてくる
おれのすべての足跡が砂漠に還元される

  42

光の中への閉め出しという事態が想像できなかった
ここから、この光から
逃れるということができない
壁もなく、扉もなく、屋根もなく、風見鶏もいない
光が恩寵であっても音楽であっても
それをかわすことができない
不思議なことにそんな出口なしの状況でも眠りは訪れる
熱い砂浜で皮膚の表面がどんなに
焦げ、傷つき、悲鳴をあげるとしても
網膜をシャワーのようにつぶつぶとした光にさらしながら
暗闇がふと希望のように、あるいは夢として
思い出として訪れるのだ
光に対抗する決意をしておれは
瞼の裏側から赤、オレンジ色、紫を追放する
おれが求めるのはしずかな暗闇
眼球を星空のように落ち着かせる藍の先にあるもの