犬狼詩集

管啓次郎

  25

きっと明日おれはきみに会うと思う
きっと昨日きみはおれを見かけたと思う
きっと明日おれは声をかけるだろう
きっと昨日きみは名を呼ばれた気がしただろう
きっと明日おれはきみの名が書けるようになる
きっと昨日きみは花火のような音を立てて
手紙をくしゃくしゃに丸めて捨てた
それからやっとおれたちの歴史がはじまる
おれたちはひと粒の葡萄をふたりで砂に埋める
おれたちはムクドリの群れよりもおしゃべりでやかましい
おれたちはダゲレオタイプのために四分間のキスをする
おれたちは時々カマルグまで出かけて塩で歯を磨く
おれたちはハープシコードや雨音には悩まない
おれたちはライオンのたてがみをもつ兎が大好きだ
そんなすべての愚かさにきみがにっこり笑ったとき
おれにとっては日付がまた「明日」に変わる

  26

小学生のころ小さく折りたたんで
抽き出しのすみに入れてあったキャラメルの包み紙を
二十数年後のいま初めてひろげてみた
そこに文字が書かれている
すっかりうすれた文字はLIFE
ぼくはあっけにとられ、それから笑い出した
あるとき、たぶん九歳のころ
この単語をいたるところに記してまわった
筆箱にLIFE 下敷きにLIFE
犬の首輪にLIFE 木の幹にLIFE
拾った丸い石にLIFE 野球のミットにLIFE
それがぼくの神の名、魔法の言葉
自分の人生がこれからどんな経路をたどるかなど
何ひとつ思わないまま
生命を信頼し、生命を招こうとしていたのだろうか
あらゆる事物を横断する秘密としての生命