家に帰る気分

若松恵子

4月29日に横浜のサムズアップというライブハウスで仲井戸麗市のソロライブを見た。横浜駅西口にある、ムービルという映画館が入っているビルの3階。案内板には「アメリカンバー」と書かれているライブハウスで、店内にはニール・ヤングの肖像が飾られていたりする。ハンバーガーもフレンチフライもおいしいサムズアップ、120人も入れば満員のアットホームな場所だけれど、来日した渋いミュージシャンがライブをする場所としても有名だ。今回は、サムズアップの27周年をお祝いするライブとして企画された。

仲井戸は、演奏の合間に「サムズアップにちなんだ選曲をしてきた」と言っていたけれど、演奏された20曲はカラフルで、何となく選んだみたいに語っていたけれど、あとから思い出してみると、サムズアップに心寄せて考え抜かれたものだったなあと思った。ギター1本と歌と時々入れるリズムボックスだけで、バンドサウンドに引けを取らない世界をつくっていく。仲井戸麗市のなかに流れ込んでいる様々な経験が織り込まれて、昔の歌も決して懐メロにならない、そんなところに魅力を感じる。

忌野清志郎の危篤の知らせを聞き、病院に駆けつけたのはサムズアップのライブのすぐ後だった、そんなことを今朝想い出した、と、ぽつんと語ってジョン・レノンの「オー・マイ・ラブ」がインストルメンタルで演奏された。そのあとの「夏に続く午後」と、ボブ・ディランのカバー「アイ・ウォント・ユー」は、私にとってのその夜のハイライトだった。

若い頃のディランみたいにギターの前にマイクを置いて、かき鳴らしながら歌った「アイ・ウォント・ユー」は、仲井戸の日本語訳詞で歌われた。うんざりするような日常のあれこれを数え上げ、そこに「きみがほしい」というひと言を突然挟み込んでくるディランの歌。仲井戸麗市は「きみがほしい」を「会いたいぜ」と歌った。

君がいつも そばに 居た時には
決して 気が付かなかった事
そんな悔やむ事が 今 君をこんなに恋しくさせる
Ⅰ Want You Ⅰ Want You Ⅰ Want You 会いたいぜ
Honey I Want You

替え歌というわけではなくて、ディランの曲から受け取ったものが仲井戸の歌に変換される。偉大なロックの名曲を受け継いで、そのうたの器にのせて、ある日の揺れた心が歌われている。仲井戸麗市のカバーの魅力はそんなところにあるのだ。会いたいのは、もちろん清志郎のことだろうが、清志郎の事だけでもないはずだ。

アンコール前に歌われた「フィール・ライク・ゴーイング・ホーム」もまたカバー曲だ。仲井戸麗市のライブに通い始めた頃によく演奏されていた曲で、思い出深い。「家に帰る気分さ」と歌う時の「家」は、単に我が家の事だけではなくて、「初心」というか「原点」というか、ロックに出会ったあの頃という意味合いもあるのではないかと、聴いていてふと思った。74歳にして今もみずみずしい仲井戸麗市の音楽を聴く幸せ。生身の人間にしかできないパフォーマンスを聴くことのできる喜びを感じる夜だった。