母の日の朝、起きてきた息子がニュース番組で気づいて「母の日オメデトウ」と言う。もちろん、1本のカーネーションも無い。「こんな時は普通”オメデトウ”じゃなくて”アリガトウ”じゃないの?」と返しながら、でも最近の「母の日には贈り物を」商戦には少しうんざりしていたので、”アリガトウ”が欲しいわけでもないナと思う。
住んでいる街の近くにある大型ショッピングモールで、金子マリが母の日スペシャルライブを無料でやると知って、自分へのプレゼントに見に行くことにした。チラシに「下北沢のジャニス」(ジャニス・ジョプリンのことですね)と紹介されているように、金子マリはロック・シンガーで、ギタリストChar率いる伝説のバンド「スモーキー・メディスン」の歌姫だった人だ。皆に知られたヒット曲があるわけでもない、ショッピングモールの企画としてはすいぶん冒険ではないか、などと少し心配しながら1人で出掛けたのだった。
ひろばにパイプ椅子が置かれた特設会場の席はほぼ満席で、始まる頃には立ち見の人も並んだ。アコースティック・ギター1本を伴奏に5曲ほど歌う、ほんとうに小さなライブだったけれど、とても良かった。2曲、自己紹介のような歌をうたったあと、「1989年から1990年の間、私はRCサクセションに参加していました。」と言って、忌野清志郎の「彼女の笑顔」を金子マリは歌った。5月は忌野清志郎がこの世を去った月だ。彼に思いを寄せて選んだ曲に違いなかった。
彼女の体には
値段なんかつけられっこないさ
何でもかんでも 金で買えると
思ってる 馬鹿な奴らに
見せてあげたい 彼女の笑顔
「彼女の笑顔」(作詞・作曲 忌野清志郎 Memphis所収)
母の日のプレゼントを求めてきた人で賑わうショッピングモールの無料のコンサートでこの歌がうたわれる。今日のフリーコンサートが、ただの客寄せだけでない、主催者と出演者による心のこもった贈り物であることが伝わってきた。そして続けて「デイ・ドリーム・ビリーバー」。この曲も清志郎が日本語でカバーしたバージョンが歌われた。最近セブン・イレブンのCMで使われているので、聞いたことのある人も多いはずだ。会場には陽気な手拍子も起こった。でも、私は胸がいっぱいになってしまった。清志郎が亡くなったお母さんを思ってつくった日本語詞だ。
ずっと夢を見て 安心してた
僕はDay Dreamu Believer そんで
彼女はクイーン
と繰り返されるサビ。最後のパートでは「ずっと夢見させてくれてありがとう」になる。
金子マリ自身も、2人の息子のお母さんだ。ドラマーでもあり、最近はドラマ出演もするようになった金子ノブアキとベーシストのケンケン。照れながらも、2人をよろしくと言っていた。彼女の息子も、「母の日オメデトウ」と言い、「普通はアリガトウでしょう」と返したというエピソードを話していた。子ども達には、あまり多くのことを要求しなかった、本当にシンプルないくつかのことだけを大切にして子育てをしていたと話し、最後に、ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界(What a Wonderful World)」が歌われた。人間の先輩として、子ども達に伝えたいこと、それは「この世界は素晴らしい」という事だ。それさえ伝えることができれば充分だ。そんな母親としての金子マリの思いが胸に届いてくるような歌だった。
母になるという事は、偶然がもたらした幸運だ。だからある意味、母の日には「オメデトウ」という言葉がふさわしいのかもしれない。通りすがりの大勢のお客さんのうち、何人かでも、金子マリを”発見した”人が居てくれたなら良いのだけれど・・・・。もちろん私にとっては思いがけない素敵な贈り物だった。