大震災からもうすぐ1年。震災からの日々を振り返る番組も増えてきたある日、希望の光を感じるニュースを見た。「森の防波堤プロジェクト」。植物生態学者の宮脇昭氏が進めているプロジェクトだ。その土地に最も合った主木を中心にいくつかの木を植えて多層群落の森をつくり、その森によって大津波や台風、季節風などから市民のいのちと暮らしを守ろうという取り組みだ。
現在、私たちが暮らしのなかで触れる自然は、ほとんど人間の手が掛ったものだという。今では土地本来の森は0.06%しか残っていない。私たちの身近にあるのは、人間が手を入れて、二次林や人工的で単一樹種の画一樹林にしてしまった森だというのだ。杉ばかりを植林した結果、花粉症の問題が起こってしまったという話を私も聞いたことがある。
砂浜に植えられた松林は風光明媚な眺めではあるが、針葉樹である松は根が浅く、津波を受けてすぐに根こそぎ倒れてしまったという。波にもまれながら流された松は、人に襲いかかる凶器となってしまった。いっぽう、その土地にあった照葉樹林であるタブノキは深く根を張っていて、津波によっても倒れずに、そばにあった神社を守ったという。阪神・淡路大震災においても、同様に鎮守の森が火災から社を守ったということだった。
人間の都合で勝手に変えてしまう前の、その土地本来の森の姿を知るには、鎮守の森を見てみればよいと宮脇氏は言う。様々な自然災害から生き残ってきた鎮守の森に、その土地にあった木を植えて神様を守ろうとした昔の人の知恵が見える。神様が森を守ったのではなく、森が神様を守ってきたというのだ。
しかも、森づくりには、震災のガレキを活用していくという。海岸線沿いにガレキを活用した高い盛土を築き、その上に深く根を張るタブノキやカシ類からなる多様な森をつくって緑の防潮堤にしていこうという計画だ。根を深く張った森は津波のエネルギーを減殺すると共に、盛土斜面を崩壊から守る。もともと住宅や家財道具であり、人々の深い想いがこもっているガレキを莫大な費用と労力を使って焼却するのではなく、森の防潮堤の貴重な材料として活用するのだという。
すでに昨年の4月末には提案されていたこのプロジェクトを遅ればせながら知って、うれしかった。困難にあってもそれを乗り越えていこうとする人間の姿に、希望を見る思いがした。今度はもっと巨大な波に備えようと、コンクリートの防潮堤を高く高く築こうとするような閉塞感に満ちた知恵ではなく、そんな切り捨てて(切断していく)いく知恵ではなくて、出会ったものを(震災やガレキさえも)活かして、前に進もうとする知恵。春が近づいて明るさを増す日の光のような希望に満ちた知恵だ。こういう人間の知恵は、もう”魔法”だな、と思った。