かん

三橋圭介

一ヶ月くらいまえ、一匹の猫がやってきた。名前はかんたろう。アメリカン・ショート・ヘアーの雄。松下佳代子さんというまだ一度も会ったことはないが、Facebookでやり取りとしていた方のにゃんこ。「たすけてください」とFacebookで叫ばれており、ならばお引き受けしましょうと、かんたろうをあずかった。松下さんは日本とドイツで暮らしているピアニスト。ドイツではデュッセルドルフのシューマンが暮らした家が住処という。そんな彼女がローマ法王の御前演奏会のため、一ヶ月くらい家をあけなければならず、あるお宅に預けられたものの、そこにいる子猫が怖がっているということで、わが家にやってきた。到着してそわそわと家のなかを点検し、もちろんわたしたちも詳細に点検され、合格をいただいたのは2日くらいしてからでしょうか。テーブルの上という自分の居場所を発見し、ゆうゆうとわれわれを見下ろし、「ごはんがないぞ」「あそべ」などと命令しはじめました。そうこうするうちにわたしも「かんたろう」「かんちゃん」から、ただの「かん」と呼び方を変えて馴染んだわけで、その馴染み具合は、私の手から腕、足などの傷がその証となります。電車に乗るとリストカットと間違えられるほどにかんの愛のムチが神々しく輝き、危険な人として目を背けられること度々。道端のねこじゃらしから専用の遊び道具などつぎつぎ投入するも、「手や腕を噛むのは絶対にやめられにゃ〜だ」とくるくる絡んでキックします。わたしも負けてはいられないので、真剣に血を流しながらも遊びます。最近では私の腕枕も気に入り、フミフミもしますが、寝る前の行事として欠かせないのがナメナメ攻撃です。よく親猫が子猫を舐めてあげる姿をみますが、そんな感じなのでしょうか…。かんは髪の毛をとても丁寧にぺとぺと舐めてくれます。中位の紙やすりですりすりされると思ってください。顔はかなり痛いです。髪の毛ならハゲそうです。寝ていると舐めて起こしてくれるのですが、必ず起きます。そんなかんですが、とうとうお別れです。9月2日に松下さんが引き取りにきます。かんの夏休みも終わりです。もはや98%「みつかん」なので、松下さんを見てどういう反応をするかちょっと楽しみでもあります。まあ、すぐに「まつかん」に戻るのでしょうね。この原稿を書いている今、かんは机の前にある出窓でころっと横になってぼんやり窓の外を眺めています。