ヨルダンのザータリ難民キャンプ。成長しないシリア難民の女の子がいるからみんなで手術を受けさせようと募金集めをすることになった。
しかし、その女の子は、ヨーロッパに移住が決まったらしく、手術はヨーロッパで受けることになった。そこで、急遽ほかにも手術が必要な子どもを探してほしいといわれ、ヨルダンにあるキングフセインがんセンターに相談したところハリッド君という16歳の青年が骨髄移植が必要だというのだ。
2013年、ハリッド君はシリアのダラーからヨルダンに避難してきた。お父さんと一番上の兄は、ダラーに残ったが、その後ヨルダン政府は、国境を閉鎖してしまい、家族は離れ離れのままだ。10人の兄弟姉妹とお母さんでザータリキャンプに入ったが、ハリッド君が喘息を持っていたので、1か月でキャンプをでた。国連の支援で230JD=36000円ほどもらっていて家賃15600円ほどを払っていたが、昨年の10月からはもらっていないそうだ。
ハリッド君は学校に通いながら、一日400-500円ほど稼げるパン屋のバイトをしていた。ある日、同僚から顔が腫れているといわれ検査をしたらリンパ腫だとわかったのだ。化学療法をやってもあまり効果はなく、骨髄移植しかないといわれた。
「一体骨髄移植したらいくらかると思う?」
1000万円近くはかかってしまうのだ。そんなお金は、難民でなくても払えないだろう。私たちの集めたお金で治療を再開し、ヨルダンのNGOが引き続き募金を集めてくれる。私たちは、支援金を振り込んで、ハリッド君の骨髄移植を支援することにした。
3月、病院にお見舞いにいくと、4日間は入院し、その後一日ごとに投薬を繰り返すような化学療法がはじまっていた。その日はお母さんとおばばちゃんが、ハリッド君の面倒を見ていたが、夜になると女性は出ていなかんければならないので、お兄さんがやってくる。しかし、一家を支えているお兄さんは、仕事も思うようにできないと嘆いているそうだ。。
ハリッド君は、薬の副作用で髪の毛が抜けていた。ハリッド君はあまり元気がなかったが、サッカーが大好きで、先日ワールドカップの予選でシリア代表がウズベキスタンに勝利したことを喜んでいた。「体制派、反体制派とか関係なく、サッカーではシリアを応援する。フィラース・ハティーブという選手は反体制派で、チームを去ったけど戻ってきたんだ。僕はシリアの選手すべてが好きなんだ!」
好きな選手を強いてあげれば、「バッセト選手が好きだったけど」という。
バセット選手は、シリアを代表する若手ゴールキーパーで、シリア代表U17、U20にも選ばれ、将来を有望視されていた。非暴力のデモに参加。若者たちを引っ張っていくが、やがて銃をとるように。ドキュメンタリー映画「それでも僕は帰る」に主役として登場する。
血気盛んで、演説もうまくリーダーシップを発揮していくバセットだが、戦いは長引き、おそらく多くのシリア人は、自由とか、民主主義とかそんなものはもうこれっぽっちの美しさも感じなくなってしまっている。ボールの代わりに銃を持ったバッセットにもシリアの若者たちもそろそろ愛想をつかしてしまったと見える。バセットは魂の抜けた抜け殻のようにしか私には見えなかった。
日本とシリアは似ているところもある。民主主義が大事だと若者が声をあげたが、大人たちの世界はそんな生易しい世界ではなかった。バセットは、リーダーであろうと狡猾に立ち回ろうと策をねりながら葛藤し成長していく。対照的に、ベッドの上のハリッド君は、純粋にがんと闘っていた。病魔に追い詰められる子どもたちがどんどんピュアになっていく姿を私は今までも見ていた。
シリア代表チームが来日し、日本代表と親善試合を行うというニュースが飛び込んでくる。隣にいたお母さんも、「絶対シリアがかつわ」と意気込んでいる。
6月3日 14:00からシリアのドキュメンタリー映画:「それでも僕は帰る」を上映します。
詳しくはこちらをご覧ください。
http://jim-net.org/blog/event/2017/05/63.php