シリア内戦からまもなく10年になる。今何がいちばんたいへんかというとアメリカが課している経済制裁だ。
国際社会は、内戦が始まると、ともかく「父親の時代から独裁」を続けるアサド大統領の退陣を求め、1)大統領や側近の資産凍結、2)反体制派の支援、3)逃げてきた難民の支援、4)アサド政権崩壊後の復興支援を掲げた。
ところが、反体制派のリーダーがこれまた食わせ物だったこと。ロシアとイランがアサド側についたこと。そして何よりも、イスラム国が割り込んできて、主役を奪ってしまったこともあり、シリア革命はしりすぼみになってしまった。現在は、国土の大半は、アサド政権の支配下に置かれ、ロシア軍や、アメリカ軍、トルコ軍が駐留して治安は安定してきている。
しかし、欧米諸国は、アサド大統領の人権蹂躙を問題視し、アサド退陣なくして、復興支援はないとし、アメリカは、昨年の6月には、議会で決議された経済制裁を始めた。このアメリカの経済制裁は、結構えぐい。対象となるのは
特定の団体や産業との取引やサービス等の提供を行った個人・団体
特定の地域の復興に関係する契約を締結した個人・団体
つまり、アメリカ人だけでなくて、僕が、シリアと取引したとしたら、日本での銀行口座が差し押さえられ、もちろんアメリカには入国できなくなり、国際実業家に転身した僕としては、生命がたたれるというわけなのだ。
とあるシリア人から、「今シリアポンドが暴落しているから、投資するのはチャンスですよ」と。フォーシーズンホテルは無理でもシャームホテルくらいなら買収しようかと考えていたところだったのでこれはショックだ。
ただ、やはり、このアメリカの制裁が足かせになっている。実際、シリア国内では大変なことになっていて、公務員、例えば学校の先生の給料は一か月40ドル、国軍は15ドル程度しかもらえないらしい。ガソリンも不足、電気も停電が続いて、灯油もなく寒い冬を過ごしている。もう、アサドを支持する人もしない人も、疲れ切っているらしい。
国外のシリア難民たちは、国際社会が約束したほどの支援が受けられているのかというと、570万人もの難民がいて国連も財政が厳しいようだ。難民たちもそう仕事に就けるわけでもないのだが、皮肉なことに難民支援の国際NGOで働くと600ドルから2000ドルほど給料をもらえる。シリア国内にとどまるよりは、この手の仕事につければラッキーなのだ。
こういう一部の裕福になった難民は、ヨーロッパを目指した。ブローカーに一人3000ドルほど払えば、今度はヨーロッパの市民になれる。彼らのシリア国内への送金によって、どうにか食いつないでいるというのが現状らしい。しかし、家族や親せきが海外にいなければ、仕送りもなく生活はどん底である。
2月15日は、国際小児がんの日である。シリアのBASMAは、小児がんの子どもたちを支援するNGOで、2月中は小児がんの子どもたちへの支援金を集めるキャンペーンを実施していた。シリアの会社8社がキャンペーンに賛同していて、ビスケットやツナ缶、パスタ、ハーブティ、ミルクなどの商品を買うと、いくらかはBASMAを通して小児がんの支援になるそうだ。
BASMAには、日本からお金を送ることはできないのだが、親戚や友人への生活費などの送金は制裁の対象にはならない。そこで実業家の僕が考えたのは、友人のシリア人に生活費を送り、これらの商品を片っ端から購入して、結果的に小児がんの子どもたちを救おうという「砂漠のお買い物」作戦。
実は、いま、治療が必要な子どもたち3名に仕送りをしているのだが、彼らにも声をかけて商品を買わせた。本当に彼らの生活は厳しい。アレッポのサラーフ君10歳は、お父さんが内戦に巻き込まれて行方不明になっている。お母さんが気丈に育てているが、周りから援助を受けるしかすべがない。お母さんは、とてもフレンドリーに連絡してくれて、サラーフの写真や動画を頻繁に送ってくれる。僕らは治療費しか出していないが、栄養を取らないとがんにまけてしまうので、月5000円は食費に回してもらうことにした。すると、こんなものを食べたとか、食材の値段を教えてくれたりと頻繁に情報をくれるので楽しい。なんと、年末には泥棒が入って、絨毯を盗んでいったらしく、踏んだり蹴ったりだ。サラーフ君の家には、絨毯くらいしか盗むものがなかったのだろう。
今回10000円で、買い物をしてほしい。これはBASMAの支援になるからと説明すると、お母さんがとっても張り切っている。やはり、人の役に立つというのは、誰でもうれしいのである。「5000円分でミルク、ツナ缶、ビスケット、ハーブティ、石鹸をかったわ」という報告があり、サラーフ君がおいしそうにビスケットをかじっている写真が届いた。リストには、8社があり5つまで見つけたそう。
「あと3つ探してみるわ」
「いや、無理して全種類買わなくてもいいから、牛乳とか一番必要なものにして!」と伝えてもらったつもりだったが、最後の一社は下着メーカーで、送られてきた写真はどうも矯正下着とか、ピンクのパンツとかで、5000円だった! 半分は下着代かい! まあ、いいか。おかあちゃんもたまにはこういうので贅沢してもらうということで。ともかく、下着泥棒に入られないように願うばかりだ。
えーと、実業家に転身した僕の取り分は? アメリカの経済制裁がなければ、矯正下着でも輸入して儲けるのになあ。
(一部話を誇張しています)