ノープランの旅を続けるのには理由がある。イスラエルに入国できるかどうかがわからないからだ。最近またパレスチナを支援している人たちが入国拒否されていると聞く。僕もその昔、入国を拒否されたことがあるから、とりあえず隣のヨルダンへ行ってから陸路で入国を試みるわけだ。もし入国出来たら儲けもの。そこから、ホテルを決める。行き先も決める。2025年12月、その年の2回目の旅になった。
この歳になるといろいろへまをやらかす。忘れ物や落し物が多いのである。今回もヨルダン側でまず、X線による荷物検査があったが、バッグを一個取り忘れてしまい、出国検査が終わってバスに乗ろうとしたときになって荷物が足りないことに気が付いた。大慌てでとりに戻るが見つからない。陸路の検査は雑で、団体客の荷物が雑に積み上げられている。最近は、目が見えなくなっているのもあってできるだけ荷物は派手な色にしているが、この時は鼠色のバッグだったのだ。もうだめか?とあきらめかけた時に目の前に置いてあった。
ヨルダン川を渡りイスラエルにつく。入国審査は、前回同様あっけなかった。
目的は? 「観光です」
いつまで? 「一週間ほど」
何処に泊まりますか? 「ノープランです」
それだけだった。
昼過ぎには、東エルサレム、アラブ側のエルサレムに到着。小雨が降ってくる。商店街。まず、アラブ人の若者が3人いる。黒いパーカーを着て2人はフードかぶり、1人はスキンヘッドをさらけ出す。グレーの軍服を着て防弾チョッキに自動小銃を抱えた重装備のイスラエルの国境警察官3名。一人は女性。身分証明書を取り上げて尋問する。体格のいいアラブの若者は、おびえる様子もなく、素直に受け答えしている。もう一人、黒いパーカーの男が店の前にしゃがみ込んで、娘二人とサンドイッチをほうばっている。東エルサレムでよく見かける光景だ。
僕はトラムに乗ってイスラエル側のエルサレム、西エルサレムの宿にチェックインした。どうも風邪をひいたのかあまり体調は良くなかったが、運よくエルサレムでベイタルというサッカークラブの試合があるという。イスラエルのサッカーは、イギリス委任統治時代に設立されたクラブが多い。サポーターは、政治思想で支持政党、じゃなかった、支持クラブを決めるらしい。ベイタルといえば、サポーターはバリバリの修正主義シオニストたちで、アラブ嫌い。リクード党の政治家は大概ベイタルの熱烈なサポーターで、ネタニヤフ首相や、オルメルト(彼はのちにリクードを抜けて中道政党カディマへ移る)やリクードと連立を組む極右のベングビールも熱局的なサポーターである。ベイタルは、差別主義で、イスラム教徒もアラブ人も一緒くたにして、「アラブ人に死を!」と言ってほえまくる。今までアラブ人の選手を雇ったことのない充血なユダヤ人クラブを誇りにしている。外国のイスラム教徒が何人かプレイしたことがあるがサポーターは激怒して追い出してしまった。
それに対抗して、ハポエル=労働者という名前が付いたクラブがいくつかある。ハポエル・エルサレム。ハポエル・テルアビブ、、など。社会主義的な、労働シオニズム系の政治運動と密接に結びついていて労働組合総連合ヒスタドルートと直結、「肉体労働・集団・平等」を重視する左派がサポーター。アラブ人(イスラエル国籍のパレスチナ人)選手もいる。
マッカビーと名がつくのもいくつかある。マッカビー・ハイファ、マッカビー・テルアビブ、マッカビー・ネタニヤ…。
マッカビーの意味だが、古代ユダヤの英雄「マカバイ戦士」に由来して、強いというニュアンスで用いられる。中産階級・ブルジョワ系に支持層が多く、比較的リベラルで非社会主義ディアスポラ(海外ユダヤ人)との結びつきが強い。
選挙の際もサポーターの応援が少なからず影響するのだろう。日本ではあまり考えられない。そもそも、このベイタル、「アラブに死を」「純潔を守れ」とか、サッカーの国際基準からしても、「不適切にもほどがある」わけだ。浦和レッズが「JAPANESE ONLY」という垂れ幕を出して、大騒ぎになったことがあるが、そういうのをずーっと続けているクラブ。つまりは、イスラエルの現政府が国際的なルール違反を犯してへっちゃらだということつながっている。
今日の試合は、ベイタルマッカビー・ネタニヤ。つまり、バリバリのシオニストVSリベラルの対決。スタジアムまで行ってみた。しかし、なんとチケットが売り切れ。前回来た時に、アポエル・エルサレムの試合を見たがガラガラだったので油断した。結局、中には入れず、試合前にビールを飲んで騒ぐサポーターをみるにとどまった。不思議なことに、ほかにも入れない観客がいてガードマンともめあっている。「チケット持っているのに入れてくれないのよ」女の子たちは強引に入ろうとしたが警備員につまみ出されていた。
スタジアムでは試合前に、イスラエム戦線(ハマスではない)の人質になっていたロム・ブラスラフスキさんが挨拶したらしい。かれは、音楽祭のガードマンをしていたが、武装勢力に連れ去られた。2年近くたち、ガリガリに痩せていて、泣きながら「助けてください」と訴えたビデオが公開されて、ガザの飢餓とともに、ユダヤ人人質が餓えている姿はホロコーストを彷彿させて衝撃的だった。10月の停戦合意で解放された。ピッチに立った彼は、「皆さん、こんにちは。ロムです。1年前、皆さんは私の家族とともにここに立っていました。私の顔には、『誘拐された』というキャプションが付いていました。そして今日、私は2年間の地獄のような苦しみを経て、ここにいます。もう人質ではありません。自由で幸せです。ここに立って、背後にはベイタル軍全体が、そして強大なシオニスト都市エルサレムがいます。これからも、このままでいてください。」
ブラスラフスキ氏は「ベイタルはチームではなく、国家の象徴です」と断言し、集まった観客にこう訴えた。「私たちの英雄的な兵士たち、遺族、そして私の心の奥底に深く刻まれた戦死したイスラエル国防軍兵士たちを、今一度思い出してほしい。あなたたちは私の命を救ってくれました。愛する兄弟たちよ、イスラエルは私のものなのです」ロムさんは、別のインタビューで、イスラム聖戦から性的暴力を受けていたことを告白した。
僕は、トボトボと宿に帰り、ノープランな旅を続けることにした。