今回からしばらくジャワ舞踊の衣装を紹介しよう。ここでは私がやっているスラカルタ様式の舞踊衣装の説明が中心になるのだが、その前にジャワ舞踊が指し示す範囲について説明しておく。というのも、衣装には地方や様式の差がはっきり表れるからなのだ。
一般にジャワ舞踊はジャワ島で踊られる舞踊だと解されているけれど、伝統芸術の分野では、ジャワ島中部の王宮都市であるスラカルタ(通称ソロ)とジョグジャカルタ(短くジョグジャと呼ばれる)の様式の舞踊だけをジャワ舞踊と呼ぶ。ちなみに、ジャワ島の西部(スンダ地方)の舞踊はスンダ舞踊、ジャワ島東部の舞踊は東ジャワ舞踊と呼ばれて、ジャワ舞踊とは区別される。また、ジャワ島中部のソロとジョグジャ以外の地域にもいろんな種類の地方舞踊があるのだが、それらもジャワ舞踊には入れない。つまり、中部ジャワの2つの王宮の影響を受けて、そのお膝元で発展した舞踊だけがジャワ舞踊なのである。
前置きが長くなったけれど、ここから本題。ソロ様式の舞踊にはいくつかの種類があり、種類ごとに着付が変わる。このシリーズでは、部位ごと―今回は下半身―に注目して、舞踊の種類ごとに衣装がどのように違うのかを説明してみたい。以前にも書いたことがあるが、東南アジアの伝統衣装は、おしなべて下半身が伝統の染めや織りの素材、上半身にビロードなど外来素材を使うことが多い。
●カイン・バティック
ジャワ舞踊では下半身にバティック(ジャワ更紗)と呼ばれる布=カインを巻くが、日本人がジャワ更紗と聞いて想像するような赤や青色を使った花鳥柄はジャワ舞踊では使わない。ソロやジョグジャのバティックは地味な茶色が基調で、舞踊にはパラン(波型刃の剣)模様という半ば抽象的な柄を用いる。パラン模様は、本来王族だけが着用できる禁制柄である。
普通の正装の場合、ソロではソガ色(黄色がかった茶色)のバティックを着、ジョグジャでは焦げ茶と白のコントラストの強いバティックを着る。そのため、なぜワヤン・オラン(舞踊劇)ではソロでも白のパラン模様のバティックを着るのか疑問に思っていたのだが、亡き師匠が言うには、ソロでも以前は舞踊には白地のパラン模様のバティックを着るのが普通だったそうだ。なぜなら、それはソロとジョグジャに分裂する以前のマタラム王家の意匠だからだという。
しかし、舞踊劇以外の舞踊作品ではソガ色のバティックを着用することが多い。それはソロらしさを強調するため、ジョグジャではなくソロの舞踊だと強調するためだろうと思われる。たとえば、今やソロを代表する舞踊にガンビョンがある。これは1970年代以前は一般子女が踊るにふさわしくないとされ、商業劇場の踊り子しか踊らなかった。そのガンビョンの衣装にはソガ色のバティックを着ることが多いが、1950〜60年代には色物のカインを着ていたという話を聞いたことがある。色もののカインを着るというのは、つまり、ジャワ王宮の舞踊ではないということを示しているのだ。それが、王宮の舞踊の影響を受けて洗練され、芸術高校や芸術大学で欠かせない演目となってくると、バソロらしく、王宮の雅を取り入れたバティックを着るようになったということなのだろう。
●着付
スラカルタの女性舞踊には、サンバランと呼ばれる裾を長く引き摺る独特の着付がある。通常のバティックより1mほど長い。これは王宮で踊られていたスリンピやブドヨ、あるいはワヤン・オラン舞踊劇でも着用する。また、もともとこの着付をしないゴレッという舞踊でも、この着付をする演目がある(『ゴレック・スコルノ』、『ゴレック・マニス』など)。
サンバランはジョグジャカルタ舞踊にはない着付である。私が聞いた人は、本家のソロ王家がジョグジャ王家に使用を許さなかったのだと言っていた。実は、マタラム王家はソロとジョグジャの2王家に対等に分裂して消滅したのだが、分裂当時の王都(スラカルタ)や王の名前(パク・ブウォノ)を引き継いだソロの方が本家だと見なされている。ソロ王家は相手に使用を許さないというやり方で、自らの権威を表現しているのだ。
前項でも言及したガンビョンやボンダン(子供をあやす舞踊)では、通常の正装用の着方と同じように前身頃に襞(ひだ)をとったバティックを巻く。この襞は女性なら指1本分の幅で、端からきれいに折りたたんで作る。ソロとジョグジャではバティックの色が違うだけではなく、襞の取り方や巻き方も異なっている。ソロの場合、襞の数は7本〜13本で奇数になるようにする。
ゴレックと言えばジョグジャを代表する舞踊だが、ソロにもゴレックがある。ただし、ジョグジャのゴレックが大人の女性用の作品で、音楽や振付が複雑であるのに対し、ソロのゴレックは子供用で単純だ。私の亡き師匠が子供の頃(1930年代)にはすでに子供用として定着していたと言う。ゴレックでは体の右側か左側に――ということはどっち向きに巻いても良い――大きく襞を作って着用する。ソロ王家の子供用の着付にはない巻き方だから、ジョグジャ舞踊の真似をして作られたのだろうと思う。(だから、着付が適当なのだ。)一方、上述の『ゴレック・スコルノ』や『ゴレック・マニス』は、ゴレックと銘打ちつつも大人の女性向けに作られた作品だ。だからこそ、サンバランの着付を導入しているのだろう。
舞踊劇から独立した演目で『スリカンディvs.ムストコウェニ』がある。どちらのキャラクターも女性である。スリカンディの衣装はサンバランだが、ムストコウェニの衣装はサンバランに似ているものの、片足は顕わになっていて、下にズボンを穿いているのも見える。実はムストコウェニは人間ではなく、姿を変えられる妖怪だ。この妙な姿はそれを表しているのだろうと思う。ソロ様式の舞踊では女性がズボンを穿くことはないが、ジョグジャ様式の舞踊ではスリカンディなどもズボンを穿いている。私がジョグジャ舞踊を見て一番驚いたのが、女性のズボン姿である。ソロの女性よりも強いなあ〜と感じたのだった。