ワイルドフラワーが春風に揺れる

くぼたのぞみ

「われわれ」ということばを信じなかった。無条件に「われわれ」と口にする人と話をしたくなかった。男とも、女とも。母とも、兄とも。

 われわれ。

 だれそれ? 

 勝手に含めないでよ。そういいたかった。きみ、と、わたし、は違うかもしれないでしょ。考え方だって、感じ方だって、違うかもしれない。どうして気づかないの? その鈍さがきらいだった。ずっと。だれかが「われわれ」とか「わたしたち」といって近寄ってくると、トイレに立って席に戻らなかった。

 きみはきみで、わたしはわたし。無理に「われわれ」にならなくていいのに。いつも「われわれ」でなくていいのに。それがわかる人となら話ができた。それがわかる人とならいっしょに暮らせた。ふと気がつくと、あたりにはだれもいなくなって、小さな人たちも旅立って、たったひとりのわたしが、たったひとりのきみの肩に手をおき、たったひとりのきみが、たったひとりのわたしに声をかける。野原で風に吹かれている。

 ワイルドフラワーが群生する。
 曙光をあびてぐんぐん育つ。
 風に吹かれて揺れる。

 よい景色だ。