岬をまわり、橋をわたる

くぼたのぞみ

畑をたがやしていたことがある
石狩川の流域で
父と母は半日たがやし
祖母たちは終日たがやし
少女には たがやすよりも
ほぐれた土を手のひらですくい
地面にこぼして遊んだ記憶

それでも
手渡された黄金色の豆のつぶを
小鍬(こぐわ)で穿たれた浅い穴に
ひとつ ふたつ みっつ
三角形に落として
篩(ふるい)にかけた黒土を
さらさらとまぶしていくのは
猫の背や 犬の頭をなでるような
温かい山羊の乳房に触れるような
やわらかな喜びを
少女の内部に深く包んだ

村のくうきには だが 
そんなやわらかさはなく
いまにみてろよ 
と出奔する少女 海峡を渡り
目くるめくネオンとコンクリの街へ

冷蔵庫のない初めての首都の夏から
常磐線 東北本線 寝台車に揺られて
みと こおりやま ふくしま せんだい もりおか・・・ 
眠っていたのか起きていたのか
おぼろげに耳にしながら
北へ帰ったあのころ
降り立つことなく通過した土地の名が 
いま 悲鳴となって耳を襲う

降り立つことがなかったから
知らないままのその土地に
たとえ降り立つことがあったとしても
深く知ることはできなかった
かずかずの土地の名が いま 
この列島をずきずき揺さぶり
radiation ── あやうさつのる
ラベルゆえに野菜を買ったり買わなかったり

街でたがやしていたこともある
アスファルトのうえにこぼれた土で
エナメルのパンプスが汚れるのを嫌う
傲慢と利便の暮らしと引き換えに
置き去りにした
土の感覚とりもどしたくて
街でたがやしていたこともある
ほうれんそう ピーマン サツマイモ 白菜
あまい収穫のときも夢とまぎれ
切羽詰まった何万年の問いを迫られる いま
「非在の波」をざんぶりかぶって
doubling the point ── 岬をまわり
折り返す

折り重なるこの痛みは
生命(いのち)なのだから
花を捨てた あの三月の雨にうたれて
生き物であるきみの内部で
真夜中の痛覚としてふたたび目覚め
途方に暮れながら
硬くなった感情の土肌に
突き刺さることばとなって
深々と降り立つ
そのとき きみはふいにわたる
橋をわたる
素足ですすむ足裏で 
ことばの杭を確かめながら