ブナの木の葉はすっかり落ちていた。いつもより寒い日だった。
桜紅葉が散り、すこし物悲しい景色になった近所の道を歩きながら、いつだったか、秋の終わりに歩いたブナ林のことを思い出した。
紅葉を見たくて遠足気分でブナ林に来たものの、一足遅かったのだ。葉っぱがすっかりなくなった木々が連なり、梢が風に揺れてうごめいていた。
林のむこうにはぼんやりとした太陽の光芒があったが、雲が薄くかかっていて暖かさは届かない。不思議な匂いが漂っていた。冷たく澄んだ匂い。
リュックから魔法瓶を取り出す。蓋を開けるとモワモワと赤ワインの香りが立ち昇った。
ホットワインは、古くなった赤ワインの活用法として友人から教えてもらった。温めた赤ワインに、切ったレモン、オレンジ、シナモンを入れるだけ。
冬の散歩のお供に良いのよ、ということばを聞いてから、寒さの到来を心待ちにしていた。
立ち止まって一口、二口飲む。芯がジンと温まり、皮膚の表面の冷たさがさらに際立つ。
霧が薄布のように広がり、虫の音もなく、風もよわく、カラスもおとなしい。ブナの木々は静かに、心地よく眠っているようだった。