160立詩(8)遊んで行きなさい

藤井貞和

オギデイガバ、イモハマガナシ(置いて行くならば、
あなたは悲しむことだろう)。最愛の人の手をしっかり離さないならば、
波に委ねて、あなたをうしなうことはなかったかもしれない。
ナンジョニガシテヤリタクテモ(どんなに逃がしてやりたくても)……。
言葉の基層は民俗社会に届くのでなければ、根無しのように、
枯れる草木でしかなくなってしまう。〈えみしのくにがたり〉がふれ添う、
民俗社会の言葉には秘密が隠される。オクナイサマは、
いくつもいくつも襖をあけたてて、仏間にたどりつく。オクナイサマが、
語りかける。アスンデケテ、アスンデケサイ。遊んで行きなさい。
ナンジョニセバアスブノ。アスブベッタノニアスバネンダモノ。イイハ、
オラモハヒトリデアスブモノ。いくつもいくつも襖を閉めて忍び足で仏間を出る。

(『えみしのくにがたり』、及川俊哉さんの詩集に、栞、あるいは解説を書くことは、かならずしも私の適任でないにせよ、深い共感だけは表明したく思って。)