暗緑を微分して、対数は高校二年の三学期に、
そこから積分に分けいる、うっとり。
地のおくに向かう数学。(友人は「数学者」で、
ぼくの「先生」で、)試験の前日に予習する。
夕陽が教室に満ちてくる、岩かげで眠たくなる、
草むらの函数の眠り、十七歳の春の暮れ。
まちのなまえは暗緑。 暗緑町へ旅立つ死装束のきみ。
友人の書いた詩は友人とともに旅立ち、
わたしはもらった原稿に最初の火を見つめる。
〈ゼロの発見〉という話題を交わしたよな、「さよなら」の、
したしたした と伝う水のように、
火のしたたりとどんな関係があるのか。
黒い悲鳴が走り、きみと訣れるこの夕べ、
天に偽りなきものをという校正紙が手元にのこる。
袂(たもと)を剥ぎとる袖モギさんはぼくですって、
けんかもしたよな、草原で、海底で、短歌形式で。
姿見ず橋に立つまぼろしは〈一かゼロか〉なんて、
姿ほのかに、遇おうと思うのかい。 霧のおもては過去へ消える、
それが共有する願いでしたね、われらの議論。
あなたを探す、暗緑町へこの橋をわたって、
もう一度言葉をかわそうよ、
袖モギさんがやってくる、(そいつに出逢ったら、)
そっと通してやれ、橋のうえ。 袖をモイで、
見えない姿のためにそっと置いてやれ、
きみの数式が暗緑の岩のむこうを回るところ。
(自分の高校二年生の冬、一ヶ月ほど病気でお休みしただけで、数学の授業についてゆけなくなりました。友人(ほとんど架空)がいろいろ助けてくれた。それとは無関係ですが、「冬の榾柮(ほだ)配りてあるく旅人にいつかは会わむ山陰(さんいん)に住み」(佐竹彌生)。鳥取の歌人の新刊『佐竹彌生全歌集』(砂子屋書房)から。)