005 暗緑町(まち)

藤井貞和

暗緑を微分して、対数は高校二年の三学期に、
そこから積分に分けいる、うっとり。
地のおくに向かう数学。(友人は「数学者」で、
ぼくの「先生」で、)試験の前日に予習する。

夕陽が教室に満ちてくる、岩かげで眠たくなる、
草むらの函数の眠り、十七歳の春の暮れ。
まちのなまえは暗緑。 暗緑町へ旅立つ死装束のきみ。

友人の書いた詩は友人とともに旅立ち、
わたしはもらった原稿に最初の火を見つめる。
〈ゼロの発見〉という話題を交わしたよな、「さよなら」の、
したしたした と伝う水のように、
火のしたたりとどんな関係があるのか。

黒い悲鳴が走り、きみと訣れるこの夕べ、
天に偽りなきものをという校正紙が手元にのこる。
袂(たもと)を剥ぎとる袖モギさんはぼくですって、
けんかもしたよな、草原で、海底で、短歌形式で。

姿見ず橋に立つまぼろしは〈一かゼロか〉なんて、
姿ほのかに、遇おうと思うのかい。 霧のおもては過去へ消える、
それが共有する願いでしたね、われらの議論。

あなたを探す、暗緑町へこの橋をわたって、
もう一度言葉をかわそうよ、
袖モギさんがやってくる、(そいつに出逢ったら、)
そっと通してやれ、橋のうえ。 袖をモイで、
見えない姿のためにそっと置いてやれ、
きみの数式が暗緑の岩のむこうを回るところ。

(自分の高校二年生の冬、一ヶ月ほど病気でお休みしただけで、数学の授業についてゆけなくなりました。友人(ほとんど架空)がいろいろ助けてくれた。それとは無関係ですが、「冬の榾柮(ほだ)配りてあるく旅人にいつかは会わむ山陰(さんいん)に住み」(佐竹彌生)。鳥取の歌人の新刊『佐竹彌生全歌集』(砂子屋書房)から。)