地面のすきまを、字の手がのびて書く。
意味をしたたらす表音の息はしなやかに。
いきもののけはい、暗夜の言葉である。
言う、すこし。 葉と枝とのあいだに、
くらい、くろい、誕生石。 声音器官の発生と、
くぐもる静止と、発生のあとさきと。
舞う森の遺伝子――言葉。 生まれたよ、
なまり、音便、詞(ことば)の微音。
ひびきに寄せて、意味の幹を切る中相態。
根を腐らす藻状の未完了。
音図にそよぐアクセント。
かまわん。 さいごの記号が、
回復する死語から放たれる過去。
こころのなかのははの歓びが、
胎内でわたしにのこした――
先住語だろう、会うだろう、
からだにはいってくることだろう、
語彙の虫。 土間(どま)の神が語らす、
その墓に会話はあるか。 仮面が黙秘する、
落日の景。 わたしの失語で、
亡いひとの笛をドロに沈める。
うたをワキ僧がものがたりに変える。
からだにはいってくることだろう、
さいごの昔話。 人が出逢う演劇態。
(加藤典洋さんに『もうすぐやってくる尊皇攘夷思想のために』〈岩波現代文庫〉という、ややぶ厚い文庫本がある。十倍に水で薄めたような、それでも尊皇攘夷の時代が来るという予言の書。加藤さんは大学にはいって、私を何かとつっかかる標的にしたてて、親しく何年か続いた。渡米してかれは批評の人となり、私は〈言語学〉へと訣れた。)