007 言語学――予言のため

藤井貞和

地面のすきまを、字の手がのびて書く。
意味をしたたらす表音の息はしなやかに。
いきもののけはい、暗夜の言葉である。
言う、すこし。 葉と枝とのあいだに、
くらい、くろい、誕生石。 声音器官の発生と、
くぐもる静止と、発生のあとさきと。
舞う森の遺伝子――言葉。 生まれたよ、
なまり、音便、詞(ことば)の微音。
ひびきに寄せて、意味の幹を切る中相態。
根を腐らす藻状の未完了。
音図にそよぐアクセント。
かまわん。 さいごの記号が、
回復する死語から放たれる過去。
こころのなかのははの歓びが、
胎内でわたしにのこした――
先住語だろう、会うだろう、
からだにはいってくることだろう、
語彙の虫。 土間(どま)の神が語らす、
その墓に会話はあるか。 仮面が黙秘する、
落日の景。 わたしの失語で、
亡いひとの笛をドロに沈める。
うたをワキ僧がものがたりに変える。
からだにはいってくることだろう、
さいごの昔話。 人が出逢う演劇態。

(加藤典洋さんに『もうすぐやってくる尊皇攘夷思想のために』〈岩波現代文庫〉という、ややぶ厚い文庫本がある。十倍に水で薄めたような、それでも尊皇攘夷の時代が来るという予言の書。加藤さんは大学にはいって、私を何かとつっかかる標的にしたてて、親しく何年か続いた。渡米してかれは批評の人となり、私は〈言語学〉へと訣れた。)