天の紙に、風の筆で、雲間の鶴をえがくこと!
山という機織り機械に、霜の杼(ひ)をかけて、
もみじの錦を織ること! ああ自由に、
詩文をあやつることができるのならば!
金色のカラスは西の宿舎に臨もうとする、
つづみの音がはかない命をせき立てる、
よみじには客も主人もいない、たった独りで、
この夕べ、家を離れて向かう
(鮎川信夫が終戦時に立てこもったという福井県境の土蔵を見に行ってきました。「鮎川さーん」と声をかけたのですが、返辞はありませんでした。この年、『戦中手記』を書いていた鮎川です。十数メートルに及ぶ巻紙にぎっしりと書き込まれたその手記を、横浜の近代文学館で見たことがあります。足が竦みました。国家もなくなり、歴史もなくなり、荒地すらなくなったこの国への、辞世みたいな手記。上の「天の紙……」は大津皇子の辞世の漢詩でした。)