185 錫の歌

藤井貞和

Tin. きみは源流へ、暗灰白色の自然錫を、
 Tin. 探しにゆく。  イリドスミンのともだちで、
  Tin. 金の隣、白金のうしろ、自然錫。
 Tin. 錫石、鋼玉とともに産する。  きらり、
Tin. きみの山師がうたう、錫。  きらりと、
 Tin. 三十年、探し続けたおまえ。
  Tin. 坑内に山師のかばねはうたう、「ここだよ、
 Tin. 自然は錫を隠す。  そこにしかない、
Tin. New South Walesの源流で。  ここだよ」。
 Tin. 産業革命にも、打ち壊しにも、
  Tin. 生き延びて、ここだよ。  答える、
 Tin. 錫。  母岩が教える錫の歌、聞こえ、
Tin. 貧金属のかばね、β錫。  泣くよ、
 Tin. あかつちのなか、浮く錫のいろ。 
  Tin. 峠の鉱山。  波動が山師を打ち据える。
 Tin. 病名からも生き伸び、黒い谷には、
Tin. もうだれも吸い寄せられない。  危険な、
 Tin. 空笑を、せせらぎに聴く。
  Tin. 林道を逸れて過つ稜線の暗部に、
 Tin. 山師は斃れたな。  腐った僧衣や、
Tin. 錫杖の起源だ、この物語は。
 Tin. 民俗学者よ、語れ。  聖なる盃にひそむ蛇は、
  Tin. 冬を越えて衰弱する。   ほそながい紐になり、
 Tin. きみの杖に棲むという物語。 鈴は、
Tin. 錫じゃなかったのかい。  ヒースの荒地に、
 Tin. 鉱毒を垂らした神話の牛の群れ。 
  Tin. 白亜の壁に歌湧く。  そらに北欧の雲、
 Tin. 極地の微光、凍土の泥炭、ペスト。
Tin. それが歴史じゃなかったのか、と問う。
 Tin. 三月の見えない敵に太陽を。
  Tin. 詩の文法に終りを。  地球はわずかな生存とたたかう、
 Tin. 植物のあとから。 
Tin. 錫は歩む、動物の死滅を履歴する。 
 Tin. 石油を噴き上げる盆地のはんぶん。
  Tin. 魔法数をかぞえる、いまは苦しい、
 Tin. 地底の椀に盛ろう。  僧衣をしぼって、
Tin. 血とパン、イリドスミンの少し、
 Tin. 金の枝の結晶をもぎとるちから。
  Tin. 絞め木にのこる中世の伝説を、
 Tin. 染みこませた赤いアスファルト。
Tin. 溶かし込む数珠。  錫のつばさの、
 Tin. 切片で玉にする数珠の、いまは苦しいな。
  Tin. 山師のうめきが地下で終る。
 Tin. よし、聴く終りに耳を澄ませば、
Tin. あれ、鈴の歌。  聞こえるか
 Tin.

(自然錫はあるのだと輓近鉱物辞典〈木下亀城〉が言う。)