191 草の原

藤井貞和

(うき身 世にやがて消えなば、たづねても
草の原をば問はじとや 思ふ)

沽(う)らんかな、沽らんかな。 伯夷・叔斉は、
旧悪を念わず。 あしたに
道を聞かば、思い
邪(よこしま)なしと曰うべし。 仁に志さば、
悪(にく)まるることなし。
已みなん、已みなん、今の政に従う者は殆(あやう)し。
かならずや聖か。 ああ、
天はわれをほろぼせり。 その
鬼(き)にして祭るは諂(へつら)うなり。
択んで仁に処らず、いずくんぞ知るを得ん。 己れを知ること、
莫(な)きを患えず、みずから、
辱むることなかれ。
たのしみ亦、そのなかにあり。 子(し)、
釣して綱せず。 弋(よく)して、
宿(ねぐら)を射ることなし。
天、徳をわれになせり。
喪に臨んで哀しまずんば、
君子よ、「器」ならず。 詩、
三百を誦するも、己れの、
能なきを患えよ。 過てば則ち改むるに、
憚ること勿れ。
乱邦には居らず、
後れ死す者、この文にあずかることを得ざらん。
薄氷を履むがごとしと、
ともに詩を言うべきなり。
甚だしいかな、われの衰えたるや、
知らざるを知らずとせよ。 鳳鳥、至らず。 河(か)は
図(と)をいださず。 厩(うまや)、
焼けたりとも、人を損えりやと。 詩は以て
興すべく、以て観るべく、
黙してこれを識(しる)し、
ふるきは温めて

(言葉遊び。ときどき「言葉遊び」のたびに非難される。詩はもっと真面目にやれ、藤井さん、って。万葉にだって平安時代和歌にだって、だいじな要素なのにね。「うきみよにやかてきえなはたつねてもくさのはらをはとはしとやおもふ」を行頭に置いてある。『論語』とはかんけいありません。歌は『源氏物語』の朧月夜さん、ごめん。ミスマッチを非難かくごで。「草の原」は墓原。)