195 神の誘い子は物語に対す

藤井貞和

わたしの炎天忌、
あなたの野の花忌、
季節が決まりませんね、いまは。

いつか決まる、
ぼくらの季語。
行けども、砂の原。 
物語を壊して、
氷の結晶を踏み、
苦しむことなく迎えよう、
辿りつき、和歌を脱ぎ、
わたしたちの教会で。

わたしの炎天忌、または零下の
筺(コバコ)に一句、また一句、
容れものに遺した祈り。
あなたの天使に祈る、きょうは。

あなたの野の花忌、神の誘い子は、
苦しむことなく、
狭い門を越えて、
あかりをめざして、
それでも物語ですか、旅よ。

楽器は何にしよう、ゴッタンや、
水成岩の壁。 叩いて、
花瓣のような音や、
したたる自然水銀の重い音。
すべては、
若かったぼくらの旅であり、
短めの一生でした。

布目ごとに、虹が洗う、
ゆうぐれの時、
岩のうえで待つあなたのあしたは!
ごとごとごと、時と時との
あいだで歳月は楽器です。
和歌でしょう、咲いている、
野の旅の終りです。

寄せ木よ、誘い子は、
眠りに誘われ、百年の
眠りです、白雪姫みたい。

いいえ、戸板に載せて、
捨てられるのです。 虹の根を探して、
沈みから立つ虹、
葉陰から立つ鶸に
名を呼ばれて、旅人は、
それでも記憶する、
おまえの物語。 それが、
生涯でしたか。 いいえ、
樹にさがり、身は白龍になる、
なって天下にふりそそぐ、
炎天を眠らせろ、天の泪と、荒れる心。

ゴッタン、ゴッタン、
起きてくる鮫。 りゅうぐうに、
学校のあかりに、
祈る拝所に、
ぼくらの島国の教会に、
潮薫り、踊りゆたかに、
ここにいて、できないこと、
どこにいて、できないことに、
うに、くらげ、
旅で出会う海のほおずき。

(反歌)
起きて! 出勤ですよ。(あなた)
雨の足が、白雪になる。 すべての戸がひらきかげんで、
遠景が恋しくて、火に近づいて、葉かげにかざして、
ここから泳ぐ蟹の子、なまこの卵。
浮き舟に、女の歌かず。 酒やあわもり、
薫りに酔い、また踊り、
こぶとりの神楽、鬼さん。
沈み岩、沢蟹の色、
まくらことば、安らぎ、
遊び疲れて、かず歌い、
まだ眠る、出勤まえのパパ象に、
矢がつきささります。(起きて!)

(生前に自分の季語を決めるとは、季節がいつになるかわからないという冗談です。俳句を作ったことはないけど、季語があったってよいのでは。)