薦(こも)よノート(または野良犬ノート)――翠の石筍57

藤井貞和

薦よ 巫女(みこ)持ち、       (籠のひげ毛を与え、美しい籠と母乳と)
副詞もよ 壬生(みぶ)菜、串刺し、  (女よ、久しい思いのひげ毛を与え、美しい夫君を持ち)
糯(もち)の粉を 蟹にまぶし、    (此の岳に、菜摘みするおまえは)
夏の野良犬、情けもなく、       (家を告げないで、名も告げないで、更紗の羽根に──)
そらの上 遠のく庭、         (虚しく見るみなとは、山のあったところが)
押し鍋の手は割れ 底に敷き、     (戸を押し流され、私の許しこそ折れてめちゃくちゃ)
割れても割れても 増せ、       (師はよい名まえを、倍にして手にし)
こそばゆい蚤 虱を、         (私の許しは背も歯もぼろぼろになって──)
もっと増やせ へのこも尾も      (野良犬め! ふぐりも尾もだらりと下げて)

(万葉集巻一の巻頭歌から。──吉本隆明さんの講演を聴いてたら、「西行のうたが好きなんだ」と繰り返して、「定家も啄木もよいけれど、西行の中世詩は、詩歌は、古典詩という定型は……」とたぐりながら、ついに氏は「和歌」と言わなかった。短歌や長歌その他をひっくるめた「和歌」と呼ぶ言い回しを氏は拒絶したのだ。思えば西郷信綱さんもそうだった。初心は「和歌」をやめてみるところにあったと思い出す。かっこのなかは別解。)