仙台ネイティブのつぶやき(18)ふるまいは伝染る

西大立目祥子

 若いころ、小さな広告制作プロダクションに勤めていたことがあって、駆け出しだったのでよく届け物のお使いに行かされた。届け先は、大手広告代理店の仙台支店とか、地元の中小広告代理店とか、新聞社の広告部局とかいろいろだったけれど、私が目を見張ったのは、靴をはいたまま足をどさりと机にのせ、ふんぞり返るような格好で事務所につめる営業マンたちの姿だった。

「お世話さまです」と近づくと、彼らは首から上だけをこちらに向けて、「ああ、お疲れさん。そこ置いてって」と、応接セットを指差し、すぐ会話に戻る。「お疲れさん」といわれるのはまだいい方で、「ちょっと見せて」と手を伸ばすので持っていったカンプ(デザイン案)を手渡すと、一瞥して「A案、こりゃダメだわ」といってふわりとソファに投げ、「B案、これもちょっとなあ…」といって、またふわり。「C案…ま、使えるとしたらこれか、また連絡するから」と、くるりと背中を向けることもあった。

 何時間かブレーンストーミングをして、コピーライターがうんうん机にかじりついてコピーをひねり出し、デザイナーが夜遅くまで絵を描いて仕上げたカンプだ。「いくら下請けだってあんまりじゃないですか」と、戻ってから上司に訴えたことがある。彼らからみたら、下請けの、零細の、女の子なんて、何段階も下に見えたのだろう。

 でも、もっと驚いたのは、足上げ営業マンの隣で、居住まいを正して机に向かっていた入社してまだ日の浅い若者が、4、5年もたつと、横柄な足上げ男に成り果てることだった。まるでそっくり、ふるまいは伝染る。下請けは足上げで迎えよ、と申し送りしているわけでもないだろうに、同じ態度、同じ対応。集団や組織の中でのふるまい方は、強い伝播力を持っているらしいのだ。

 人様の会社だけではない。私が勤務する会社は、どうも雰囲気がクラいらしかった。親しい付き合いをしていたある女性からの電話に私が出たときのことだ。歯に衣着せぬ物いいのその人はいった。「あなたたちの会社って、何でいつもクライの?電話の応対ぐらい明るくなさいよ」

 そうか…。薄々気づいてはいたけれど、注意されるほどひどいのか。毎日残業に継ぐ残業で、みんな疲れてるからなのかなあ。でも、と思う。注意したその人の事務所をたずねると、あいさつに出てくる誰もがみんな異様と思えるほどに明るい。これはビョーキじゃないか、と感じるほどにハイテンション。もちろん、その人にそんなことをいうことはできなかったけれど。

 集団や組織の中にいると、じぶんたちのふるまいのおかしさに気づくことは難しい。その場の空気がどんなに汚れてよどんでいたとしても、毎日吸っていればそれはあたりまえにそこにあるもの、なくてはならないものになるということなのだろう。

 こんなずいぶん前のことを思い出したのは、最近検査のために訪ねたクリニックが、上から下まで、見渡すかぎり、一様の雰囲気だったからだ。カウンターに座る受付の人は、事務的に名前をよび、にこりともせずに応対する。検査の人も問診票に従って問いかけ、粛々と検査をこなして笑顔になることはない。採血の人も、必要なこと以外何もしゃべらず、質問を口にしたら「それはここではお答えできないので、医師におたずねください」と返してくる。肝心のドクターに同じことをたずねると「ごめんなさい、いまお答えする時間がないんです」という返答。

 待合室で黙りこくって順番を待つ人は、ざっと50人はいるだろうか。入っては出ていく人の数を見ていると、30分で30人をこなしているような印象だ。これだけの患者を診るのだから、おのずと事務的なさばきにもなるのだろう。

 いや、でももう少しやりようはあるはずだ。アイコンタクト、笑顔、明るいあいさつ、不安をやわらげるひと言。一人ひとりのちょっとの踏み出しで、空気は格段に変わるんじゃないのか。たしかに、この空気感の中で、違うトーン、異なるふるまいを繰り出していくのは、なかなか大変なことかもしれないのだけれど。

 小さな集団でさえこうなのだから、大きな組織になったら空気の流れを変え、よいふるまいを生むのはもっと困難をともなうだろう。取り返しのつかない重大事故を起こしながら、何年経っても情報公開が遅れる電力会社、データ改ざんを繰り返す自動車メーカー、だれも責任をとらないまま重大事をねじ曲げていた首都の役所。企業風土とはよくいったものだ。土、水、光、風のような自然環境がその土地の生産性を決めていくように、企業の中で長年にわたり根深く生き続けてきた風土が、その考え方や行動を規定しているのだ。じぶんたちの集団や組織に風穴をあけ、外から内側を見る視点を持たなければ、ふるまいを変えていくことなんてできないに違いない。
 
 ところで、先のクリニックは二度目に行ったら、ずいぶん印象が違った。受付の人の声のトーンが明るくて大きい。それだけで、待合室の雰囲気が少し軽くなった気がする。そのわずかに呼応するのだろうか、看護師さんたちもいくぶんか前より明るい表情のように感じる。となりの診察室からは先生の笑い声が聞こえてきた。一人の変化がだれかの変化を引き出し、それが全体に及んで空気が変わる。なるほどなあ。少しでもいいから変える。きっとそれが大事。