炎(3)

スラチャイ・ジャンティマトン

荘司和子訳

彼女は再び声をあげた。こんどは囁くように。
「わたしのこと覚えてないの? ほら、ピンパーよ」
ピンパー。。。こころのなかで何度かくりかえしているうちに記憶が蘇ってきた。ピンパーといえば中学時代の級友ではないか! そこでわたしは声をかけた。
「なんでまたこんなところにいるのさっ」
わたしたちは握り合った手を揺すって大喜びした。彼女は男たちのほうに向けて何か言いたそうに唇を動かしてから「ここから離れるのが先よ」と囁く。

この出会いが何なのかわけがわからないままにわたしは彼女についていくことになる。すぐ先のバス停に向かっていた。
「なんでまたこんなところにいるのさ、君」とまた最前のセリフを言う。
「ん〜、あとではなすわ、今はあいつらから眼がはなせない。ひそひそやってるじゃない」
わたしは横目で連中をみやった。
「あ〜、歩いてくるわ。。。」とピンパー。

3人はゆっくりとこちらへ向かってくる。ひとりはタバコをくわえて煙をあたりにただよわせているが、誰もが手をポケットに忍ばせている。わたしはどうしていいのか分からなかった。ピンパーは身を寄せてきた。自分の心臓の鼓動が激しく打つのが聞こえる。彼女の心臓の鼓動もあわさって聞こえているのかさえ定かでなかった。彼女も恐怖しているに違いない。

近づいてくる連中のひとりが軽く咳払いをするのが聞こえる。この連中といよいよ向き合わねばならないのかという意識がよぎる。煮えたぎった血が収まらない連中、しかも彼ら3人だけではなく暗がりにひそんでいた連中も姿を現していた。。。ピンパーのために何か行動しなければならないのか。

というそのとき、神の助けか! わたしが3人に向かって何か言う間もなく折りよくバスが走ってきたのだ。ピンパーが手を上げてバスが停まるやわたしたちはただちに乗り込んだ。バスが走り出したとき振り返ると、ひとりが何かを路面に激しく投げつけながらありったけの声でののしっているのが聞こえた。

ピンパーはわたしにぴったり身体を寄せて座っている。そして黙したまま見るともなく窓の外へ眼を向けている。わたしはかつて共に学んだころの彼女のすがたを思い浮かべていた。

わたしたちは中学1年から6年までいっしょだった。彼女の父は同じ郡内にある別の村の学校の教師だった。成績はわたしより上で、スポーツも選手、学校祭では演劇にもよく出ていた。それくらいの年頃の少年少女はえてしてぶつかりあうばかりで仲良くできないものだから、わたしたちもほとんど口をきくこともなかった。通常わたしは女生徒とははなしもしたことがなかったので、ピンパーについても関心をもったことはない。

中学6年で卒業するとみなそれぞれ別々の学校へ散っていった。わたしは他の何人かもそうしたように、バンコクへ上京したが授業に失望して内向的になっていた。そんなときだった、わたしは人が何故さまざまなものを欲するのか、何故いい仕事、いい学校、きれいな女性、家族を欲しがるのか、と考えるようになった。このようなものが唯物的に求められ人生の規範にもなっているとは。死にいたるまで日々食べていくことの闘いにすぎないのだ、とはどうして思わないのか。

(続く)