炎(2)

スラチャイ・ジャンティマトン

荘司和子訳

道路を吹いてきた風がわたしの歩いている歩道に巻き上げてきた。乾いたタマリンドの実が3つ、4つ落ちてコンクリートに当たる音、鞘が砕ける音がする。静寂な風がわたしをもとの静謐さにひきもどしてくれた。わたしは一歩一歩バス停に近づいている。いにしえの女性がしゃがんでほら貝から水を注いでいる彫刻が灯りの中に美しく浮かび上がってくる。わたしはこの彫像が好きだ。いつもあかずに眺めている。酔ったときも、孤独なときも。これもタイのひとりの芸術家の手になる記念碑である。わたしはこの古の若い女性のほら貝から注がれている水をすくって顔を洗ったことがあり、いつもありがたく思っている。

この公園の暗がりの中でわたしは3人の若い男がひとりの若い女性を取り囲んでいるのを見た。彼女は脚にぴったりした伸縮性のある素材のパンツをはいて花柄のブラウスを着ている。髪は長く伸ばしている。わたしが歩を進めるにつれて彼らに近づいているのだが、同時にこの女性に対してなにか胸騒ぎを感じた。ひょっとして彼女を生贄にする狩の始まりではないのか。あと幾ばくもなく彼らは彼女を「獲得」して望みを果たすのではないか。彼らから遠ざかって何本かのタマリンドの黒い影に沿って行くと何人もの男が身を隠しているのが見てとれた。誰もわたしには関心を示さない。わたしはジャック・ロンドンの群れからはぐれた鹿を取り囲んでいる狼のはなしを思い出しいやな気分になった。

少年時代田舎にいたころのこと。わたしはみみずが誤って赤蟻の巣に近づいてしまったのを見ていた。入り口の蟻の一群が噛みつくとみみずは体を跳ねて逃げようとしていた。けれども蟻の巣から逃げるには行動がのろすぎていた。跳ねれば跳ねるほどたかってくる蟻の群れは多くなっているのだ。みみずは弱ってきて、体のあちこちにふくらんだ噛まれた跡ができてきた。遂に一回しか跳ねなくなった。蟻の生贄になって死んでいくのだ。

ここまできてわたしは遂に見ていることができなくなり、みみずを蟻の巣のところからつまみあげ、からだにたかって喰いついている蟻をはたいてとってやった。それからそのみみずを蟻から離れた安全な場所に置いてやった。わたしはみみずは助かったのだと思う。それから何時間かあと、その場所にはもうみみずの姿がなかったからだ。また別の蟻の巣に近づいたりしていなければのはなしだが。

この夜も同じである。わたしはこの若い男たちのことが自分に照らしてみてもよくわかっていた。この女性の行きつく運命も。わたしが「獲得」したことのある女性と同様に。もしも男たちが赤蟻で彼女がみみずであるとしたら、わたしは少年だったときにしたようにすることだろうが。けれども全員わたしと同様人間なのである。彼らの求めているものはすでに誰も止めることができないところへきている。わたしはただそこを素通りしていくことしかできない。

そのときだった、わたしはその若い女性が呼ぶ声を聞いたのだ。彼女はじれったそうな声でわたしの名前を呼んでいた。

はたと歩みを止めて彼女のほうを振り向くと彼女の嬉しげな笑顔があった。わたしは彼女の顔を注意深く眺めながら記憶をたぐり寄せようとした。3人の男たちは少し散って離れていきつつもわたしに視線を向けている。彼女はわたしが考えをめぐらしている間にこちらに向かって近づいて来ていた。

(続く)