しもた屋之噺(194)

杉山洋一

季節外れの寒波がヨーロッパを覆っています。家の庭が真っ白に雪化粧しています。夕べレッスンが終わって家にたどり着くと、日本から来たU君から家の窓ガラスが壊されて泥棒に入られたと電話がかかってきました。ちょうどガールフレンドが昨日日本から着いたところだったそうで、本当に気の毒でした。

2月某日 ミラノ自宅
日本は西欧の影響は強く受けつつも、戦後何十年も本質的にはあまり気質に変化はないのかも知れない。松村禎三さんや三善先生の世代の音楽は、やはり今も脈々と受継がれていると思う。あの世代と現在の違いは、当時はテンポを早くすることで切迫感を楽譜に定着していたものを、最近はアッチェレランドをクオンタイズして5連音符と6連音符を並べて定着するものらしい。気質に変化がないことは別に構わないのだが、こうして数的に加速させるのはヨーロッパ人の気質には向いているかも知れないが、日本的な粘り強さは生まれない気がする。納豆風リタルダンドや見栄切りアッチェレランドを演奏するためには、我々の師匠の世代の記譜法が一番しっくり来る気がする。

無理にヨーロッパ風に書く必要はないと思う。こうした傾向と反対なのが悠治さんで、ペータースの昔の出版譜と近作のほろほろと音の並ぶ譜面は、一見まるで違う音楽にも見えるが、改めてじっくり眺めてみると、思いの外近しい部分も感じられて興味深い。尤も、同じ人間が書いているのだからそれは当然だろうけれど。

2月某日 ミラノ自宅
人工知能が話題になっている。蓄積されるデータを基に、正しい答え、論理的、倫理的な答えを導くよう知能が学んでゆくと、臨界点に達した瞬間、地球に悪影響を与え続けてきた我々の存在は、恐らく排除すべき対象に選ばれるに違いない。その時に、人間の代りに人工知能が助けるものは、一体何だろう。我々が虐待し続けてきた動物かも知れないし、我々が破壊しつくしてきた自然かも知れない。
沢井さんが演奏する「鵠」を改めて聴いて、震えるような感動を覚える。生命すらかかっているような、途轍もない深みを持った音が紡がれてゆく。音楽で生きるというのは、こういうことを言うのだろうと思う。
衝撃がなかなか醒めないでいると、ちょうど沖縄の仲宗根さんから旧正月の初日の出の写真が送られてきた。

2月某日 ミラノ自宅
日本で指揮を勉強してきたA君がレッスンに来る。最初は「兵士の物語」を聴かせて貰ったが、その時に他の生徒のレッスンを見て興味を覚えたそうで、和声の繋がりで音楽を作る方法を習いたい、と言ってきた。世代はまるで違うけれど、何か響くものがあったのだろう。一緒にモーツァルトの39番をていねいに読み込んでゆく。彼を見ていると、しばしば昔の自分を思い出す。先ず最初に、振っている掌にすっぽり収まっている音楽を、音が鳴っている場所に戻してやることから始めた。そうして自分が演奏者の中に飛び込んでゆく勇気を持つ。フォルテで何もしないのが、本当に不安だというが、昔エミリオのレッスンでマーラーを持って行って、フォルテはもっと力を抜かないと音が出ないと笑われたことを思い出す。あの頃は、まるで何もわからなかったので、文字通り途方に暮れていた。だからA君が気の毒で、わざわざこんな事を一からやらなくてもと何度も言うが、それでもいいから教えて欲しいのだと言う。学校のレッスンで時間が空いたので少し聴かせてもらって、いつも伴奏している二人に意見を求めると、誰に対しても寛大なマリアが、「わたしはよく分からないから、マルコあなたから言って」と突き放すように話したのには衝撃を覚える。長年一緒にやっていて初めて見る姿だが、何か覚えがあった。自分が最初にエミリオのクラスに入った時と、まるで同じ雰囲気だった。

2月某日 ミラノ自宅
林原さんのために書いたチベット民謡によるヴァイオリン小品が、「ケサル大王」をテーマにしたドキュメンタリー映画に使われることになった。チベットの「ケサル大王」叙事詩の語り部の姿を追う映画だと言う。ケサル大王叙事詩は古代ローマのジュリオ・チェーザレがテーマとも言われていて、これでチベットとイタリアも繋がったわね、と林原さんは喜んでいる。

2月某日 ミラノ自宅
最近、指揮のレッスンでも聴覚訓練の授業でも、生徒がうまくゆかなくなると腕時計の12の数字を2分間見つめさせている。正確に言えば12の中の「2」のそれも上半分の丸くなっているところを2分間じっと眺めるだけで、先に特に理由も言わないが不思議なくらい誰でも変わる。いくら振っても音が鳴らない生徒は、鳴るようになるし、和音が聴こえなかった生徒は、不思議なくらい自然に音が聴こえるようになる。聴覚訓練の授業は何しろ集団授業なので、それまで5分近くああだこうだやっても聴こえなかった音が、時計を眺めるだけでぽっと口をついて出てくる姿に、生徒たちは呆気に取られている。
指揮の方はこちらの錯覚かも知れないと思って、先日クラスを訪ねてきたサックスの大石くんに尋ねたら、何をやっていたかわからなかったが、音が違って聴こえて不思議だったそうだから、何かは起きているらしい。
元来自分で目が疲れた時のために長年やっている速読の訓練をその場で適当にアレンジしたもので、要は2分間一点を見つめていると頭の中が真っ新になるだけのこと。
それまで身体の中でひしめいていた様々な思考が消えると、傍から眺めているとまるで第三の目がぱかりと口を開けたかのように見える。
音を聴くときは、頭で音を鳴らしてはいけない。頭の中で鳴っている音が、聴くべき音を遮断してしまう。当たり前のようだが、案外それが簡単ではない。こんな簡単なことでブロックが解けると知っていれば、長年苦労しなかった。

2月某日 ミラノ自宅
音楽の持つ「テンポ」、日本語に言い換えれば「速度感」について、生徒に説明するため知恵を絞る。
しばしば空港の手荷物検査場に、長細いくるくる回る棒が絨毯状に並んでいる。スーパーのレジにも似たようなものがあったりするが、あの回る棒こそテンポではないか。あの上に箱を載せ、その中に荷物を入れて指揮者はそれを押してゆく。箱の荷物にはそれぞれ幾許か重さもあって、その重さに応じて少しずつ力をこめる。
時々、自分でこの鉄棒を作らなければいけないと勘違いすることがあるけれど、どうがんばっても音楽の持つ速度に我々は直接触ることはできない。

2月某日 ミラノ自宅
日がな一日レッスンして流石に困憊し、夕食はインドカレーの出前を頼もうと家人が言うので、最後のレッスンに残っていた日本人生徒二人を家に招く。
シャワーを浴びて居間に戻ると、二人でブラームスの楽譜を開いていて、「この和声はどう理解するの」「ああなるほどね」「こうではないの」「え、でもここは」などと、嬉々として話し込む姿に感慨を覚える。和声の勉強は本来クロスワードパズルと推理小説が重なったような愉快なもの。だから、面白い作品とは、知的好奇心をくすぐり、次の頁を開くのが待ち遠しく感じる。そうして楽しみながら身体に沁み通った音は、実際になる瞬間も同じように生き生きとしたものになるだろう。

日本で音楽大学を終えた生徒と、大学に入ったばかりのイタリアの学生を一緒に教えていると、0から始めたイタリア人生徒の成長の早さに目を見張らざるを得ない。彼らは音楽を先に学んで、自分の音楽に必要な技術だけを何となく覚えてゆく。その間も音楽はどんどん肥えてゆくので、使える技術も増えてくる。
我々日本人は先に技術を学ぼうとするが、自らの音楽に必要な技術は一体何であるか、実はあまりよく分かっていないのかも知れない。
日本がヨーロッパの伝統に追付こうと、本来ヨーロッパ文化にはない緻密さと正確さを駆使したのだろうけれど、実際のヨーロッパの建築物は隙間だらけ穴だらけだったりする。それでもイタリアは歴史的建築物の宝庫でありながら、最先端とまでは言わないまでも、前時代的な社会ではないだろう。

(2月28日ミラノにて)